▪️05:00 million kisses /side Heiji

「お帰り、アホ息子」

「何や、その言い方」

事件から深夜に家に戻ると、オカンが
出迎えた

居間で勉強しとった和葉が眠ってしま
ったので、運んでくれ、と言う

ひょい、と居間を除くと、ソファの前
にあるテーブルに、完全に突っ伏して
和葉は眠っている

テーブルの上には、学校のテスト勉強
の跡がある
ちゃんと、オレの分はファイルして、
片隅に用意されてあった

そうか、と思った

明日、小テストがあるでー、と和葉
からメールが来ていたのだ

抱えて上で寝かせてあげても良かった
んやけど、離れるのもなぁ、と一瞬
思った自分がいた
適当な理由をつけて、ソファに抱き
上げて寝かせる事にした

ソファに寄りかかって、オレは和葉が
用意してくれたプリントや書き込みを
チェックする

頭上から聴こえる、規則正しい寝息
に安堵する自分
思いの外はかどって、何とか徹夜は
回避出来そうやった

いつかの日のように、ソファのもう
一辺に自分も横になる
自分の頭の近くにある和葉の頭を
ぽんぽんと叩いて、おやすみ、と自分
も目を閉じた

翌朝、和葉に起こされて目を覚ます
まで、熟睡していた自分に驚く

最近、ホンマに事件に追われていて、
その合間で受験勉強やら剣道の稽古を
するので、意識せんでも自分の中の
スイッチが入りっぱなしやった

興奮状態の脳は、中々眠ってくれず、
自然と眠りが浅い日々が続いていた
のだ
いくら若いとはいえ、連日そんな状態
が続けば、さすがに疲れも感じる

何も言わなくても、傍に居てもらえる
だけで、完全に自分の意識を手放せる
オレは、どんだけコイツに惚れとんの
や、と自分に苦笑するしかない

でも、ホンマにそうやった

長時間拘束される事件の数は少し減っ
ていたけれど、事件の呼び出しの件数
は増加の一途

やりきれないような事件も多いし、
事件先で嫌な思いをする事もある

家に帰って、寝てる和葉の顔を見て
時々は起きている和葉に世話を焼か
れて、自然と落ち着く自分に、オレ
はこの数ヶ月で何度もあっていた

「和葉、たまには出掛けるか?」

「ん?ええよ、家でのんびりしよ」

縁側でお昼寝も気持ちええでー、と
伸びをする和葉はご機嫌だ

テストも終わって、今日は呼び出しも
無さそうやから、と誘ったのに

「今日は、私も受験勉強お休みや」

たまにはね、と言って、帰り道に
ケーキを買った和葉

「「ただいまー」」

「お帰りなさい、あら、今日は揃って
ご帰宅なん?久しぶりやなぁ」

「おばちゃん、ケーキ買うてきてん
一緒に食べよ?」

珈琲淹れるし、と上機嫌で部屋に
着替えに行った

自分も着替えて階下に降りると、和葉
が丁寧に珈琲をドリップして出して
くれた

「はい、頑張った名探偵にご褒美や」

笑顔で差し出されたのは、海外で近日
発売予定の工藤優作氏の最新作

「え?」

驚くオレに、和葉は笑顔でページを
開いて、トントンと指し示す

「あぁ!!」

工藤優作氏のサインと印がある
オレ宛ての献本やった

photo by K.

著者近影の写真は、約束通りに和葉
の撮影した写真が使われていた

「昨日、届いたんよ」

零れるような笑顔で、自分宛ての献本
も見せてくれる

ちゃんと、それぞれに手紙もあった

「な?お出かけより、家でのーんびり
がええやろ?」

オカンとご機嫌でケーキを頬張る和葉
も、今日はとてもリラックスしている

「最近、頑張り過ぎやで」

とオカンに窘められる程、掛け持ちの
部活も、受験勉強も、家事も、とフル
稼働だった和葉

事件で留守がちにしていても、その
くらいの事は判る
何せ、和葉ファンは多いのだ
家の中にも、外でも

結婚式があったり、色々ばたばたで
結局、いまだにろくに落ち着いて
デートもしていない

漸く連れ出したプラネタリウムも、
入場直前に入った事件の知らせを受け
オレは飛び出してしまって、リベンジ
もまだ果たせていないのだ

以前の和葉やったら、号泣される
レベルやのに、と思う

「やっぱり、アンタが居ると居ない
では違うんやねぇ」

「あ?」

本を読み耽っていたオレに、オカン
が言った

ソファに身体を埋めて本を読んでいた
和葉ももう一辺にごろ寝して、久しぶ
りや、と雑誌を捲っていた

少し前までは

今は身体を丸めて心地良さそうに眠っ
ている

オカンはそっとタオルケットをかけて
あげていた

「アンタが居らん間はなぁ、どこか
ぴん、としとるんや」

別に遠慮をしているとかそう言う
感じとは違う、と言う

たぶん、無意識で、自分がしっかり
しとらんと、平次が大変や、と自分
で自分にスイッチを入れとるんやね
とオカンが言った

「いくら受験生やって言うても、
こんなに根詰めてたら、呼吸が出来ん
ようになってまう
たまには、ええやん、のんびりして」

眠る和葉の顔にかかる髪を、そっと
払って、頭を撫でてオカンは席を
立った

オレも手を伸ばして頭を撫でてから
また本に目を戻した

せっかく、和葉が入手してくれた貴重
な本やし、何せ、正式な発売前に入手
出来たのだ

感想を和葉に伝えるべく、何よりも
面白かったので、夢中で読み耽る
すぐ側で、猫のように微睡む和葉の
気配を感じながら

ハッキリ言って、最高傑作と言って
いい本だった

でも、何より驚いたのは、後書きだ

恐らく、和葉との出会いであろう事
に触れ、とても良い刺激を貰ったの
で、今後どこかで彼女をモデルに
書いてみたいとあったのだ

変な意味ではなく、気になった

作家の目には、和葉がどう映るのか
どう描かれるのか
素直に、読んでみたいな、と思う

和葉は、この後書きを読んで、どう
思うんやろ

心地良さそうに微睡む和葉を起こし
たい衝動にかられたが、ぐっと我慢
して、自分も静かに目を伏せた