▪️05:00 million kisses /side Heiji

和葉の誕生日

昨年は、事件に飛び回りすっかり忘れ
てしまったので、後でとんでもない
事態になったんや

でも、さすがに今年はオレでも忘れる
訳にはいかない
3日後には、入籍やからな

とはいえ、自由になる金はないし、
事件続きで、出費もかなりの額になり
全く無い訳やないけど、この先を考え
ると、無闇に取り崩してしまうのも
躊躇された

おまけに、和葉に言われたのだ
プレゼントは要らんと

「毎日顔が見える生活させてもらえと
るんやし、大事な指輪も貰うたし、
これ以上何があんねん もう、十分や
だからええねん」

どうやら、オカン達にもそう言って
いるらしい

例年通り、オレの誕生日と合同で
ご馳走食べて終わり、でええ、と

本人がそう言っているのを、無理強い
する訳にもいかず、オカン達もオレも
返って困ってしまったのだ

結局、オカン達と相談して、オレは
2つの事をした

ひとつは、カップルリングに手を加え
たんや

和葉の強い希望で、これは店主の言葉
通り、結婚指輪になる事に決まった

裏側に、アクアマリンの石を、一粒、
追加して、店主の機転で指輪の側面に
入籍記念日の日付が隠すように刻まれ
たのだ
裏側でも表でもないので、指輪を外し
ても、中々気が付かない絶妙な位置に
模様のように刻まれた

もうひとつは、オカンに教えて貰いな
がら、和葉の髪の手入れをした
事件都合で、外出するような時間も
無かったのだ

「これからは、定期的に、アンタが
ちゃんとやってあげるんやで?
平蔵さんが出来るんや、アンタも
出来るやろ」

椿油や蒸しタオルを使って、保湿して
風呂上りの和葉の髪を、きちんと
ドライヤーで丁寧に乾かすと、
普段以上に輝く髪と、ほのかに香る
甘い椿油の香りが心地よい

しっとり、サラサラの髪に、和葉は
大喜びやった

「おおきに、平次」

満面の笑顔は、底抜けに明るかった

こんな事くらいで、こんなに喜んで
もらえんのか、と拍子抜けする位に
喜ぶ姿を見て、自分も自然と頬が
緩んでしまう

「何デレデレしとんねん、アホ」

オカンに後ろからど突かれて我に
返るオレ

はい、と手渡された封筒には、大切な
書類が入っていた

「平蔵さんと、遠山さんからや」

証人欄には、すでに両家父親のサイン
押印済み
そう、結婚届けと言われるやつや

和葉を呼んで、2人でサインをした
ハンコを押して、完成した書類を手に
オカンに記念写真を撮ってもらう

もちろん、ちゃんと手にはあの揃い
の指輪をして

デザイナーとカメラマンから、共同
名義でお祝いも届いた
色とりどりのガーベラがメインの
大きな花束と、一冊の写真集

非売品、特別仕様と書かれた付箋

中身は、あの広告撮影の日のオレと
和葉やった

こちらは、全て顔がはっきり映って
いて、さすがプロやな、と思える程
オレも和葉も素のまんまの顔で
映っていた

自分の知らない表情で、和葉を見る
オレもいたし、

オレの知らない表情で、オレを見る
和葉もいた

「ええ記念やね」

オカンが柔和な表情で写真を見た

「お母ちゃん、コレが一番好きや」

広告で利用された写真

ここでは、顔がばっちり映っている
カメラマンも、これが一番良いと言い
本当は顔出しの方で広告展開したかっ
た、と言っていた

顔を見合わせて笑っている一枚
それも、2人共全くカメラを意識して
いない瞬間の一枚やった

和葉も、これが一番ええ、と言って
少し恥ずかしそうに笑った

「おじいちゃん、おばあちゃんに
なっても、こうやって笑って一緒に
居られたらええね」

笑顔でさらり、とそう言った和葉は
たぶん、オカンの前やと言う事も
全部、忘れとんのやろう

オカンの方が吹きだしていた

「せやね、ええねぇ
和葉ちゃんには、後でちゃーんと
平次のしばき方、教えといたるから
任せとき」

あはは、とのんきに笑う和葉に
そんなんええから、もっと他の事、
ちゃんと教えといてくれんかな
と思うオレ

3日後、オカンの手によって書類は
提出され、公的に和葉は苗字が
変わった

学校へは、オカンと親父が直接、
出向いて事後報告、として報告し、
とりあえず、お咎めはなかったが
結婚の事実は卒業まで伏せる事を
約束させられた
(当然、大人な事情についても釘
を刺された)

みんなの前では、今まで通り、
遠山和葉となるが、実際の公的書類
は全て、服部和葉となる

事実、和葉は旅券の名義変更やら銀行
やら色々な名義変更手続きのために、
オカンに言われて山のような書類に
サインをしていた

不在にしているおっちゃんから、
オレと和葉に、名前入りの万年筆と
ボールペンが送られて来た

Kazuha Hattori

ちゃんと新姓で名前が刻まれていて、
和葉はそれを見て泣いた
嬉しいけど少し淋しいって言って

オレが黒で和葉が青
揃いの筆記具で、オレ達は婚姻届に
サインをしたのだ

和葉はその筆記具を手に、大量の書類
と格闘していた

「みんな、こんなんしとるんやね」

疲れる~、飽きた~、と言いながら
ちょっと休憩、と言って台所へ
消えて行った

コリコリ、と言う心地ええ音と、
香ばしい香りが漂ってくる

「はい、どうぞ」

オレとオカンにカップを差し出す
オカンと和葉は、半分ミルクが入った
カフェオレ
オレにはブラック

「上手に淹れられるようになった
なぁ、和葉ちゃん」

「段々、慣れて来たんや」

先日、遊びに来ていたオカンの友人が
珈琲やら紅茶が好きで、かなりこだわ
る人やったらしく、たまたま帰宅した
和葉まで巻き添えにして、即席の
講習会が開かれたらしい

「一度、ちゃんと習っておきたい
なって思ってたんよ」

和葉は喜んで素直に聞いて
習っていたものだから、その人が

「古いけど、ええもんなんや」

と言って、コーヒーミルと豆を譲って
くれたのだ

早々にコツを掴んだらしく、オレや
オカンを実験台に、時々、こうして
淹れてくれるようになった

「平次、お茶も好きやけど、珈琲も
好きやろ?
せやから、ちゃんと淹れられる
ようになりたかったんや」

今度は蘭ちゃんとコナンくんにも
お披露目しよ~などとのんきに浮かれ
ている和葉は、最近、こうしてさらり
とオレがドキドキするような事を
平気で言うのだ

本人が無意識やから困る

「ええやんか、他の男のため、
やなくて良かったなぁ?平次」

危うくむせかえるところだったオレ
オカンは笑いながらカップを片付
けるべく、和葉を連れて台所へ
消えて行った