玉葱どこまで行ってもついて回る、無意識の自己虐待を剥ぎ取っていく。まるで玉葱の皮の様だ。取っても、取っても、純度を変えて出現する。全部剥いていったら、そこに待ち受けるのは、全てを内包する空っぽだろう。それこそが求めているものだけど、剥いた皮を一枚一枚味わうのもまた一興。五感があるから美味しい、不味いを楽しめる。邪魔だと剥いだその実こそが、味わうべきご馳走だったりして。