最近、過去の出来事との折り合いをふとした瞬間につけることがある。


例えば、過去の記憶の中の、意地悪をされた時をふと思うとか。


その人の言葉や態度、その一瞬の出来事は、その人を表すものだけれど、決してその人そのものではない。


一回の出来事を以て、その人を定義することは、できないなあと思う。


許す許さない、許される許されないとは別のベクトルで、その一瞬の罪深さと、なんてことのなさ、みたいなものを同時に感じるんだ。


つまりは、出来事に固執して、その人あるいは自分を定義すると、自分自身がその出来事に捕らえられて、身動きが取れなくなるってことなのかな。


それに気づくと少し心が軽くなるね。