前回のBlogで少佐から"科学的な考察を"という提案を頂いたので少し考えてみた・・・
"乳揺れ"が常の起こる訳ではないので、不確定性原理的に考えてみました。
"A"は階段を下りる"B"をみていたとします。
このとき、"乳揺れ"する(或いはしない)と考えている観測者A
階段を降りようとしている中肉中背の女性Bがいたとします。
(*注:BはA足りえますが、Aは必ずしもBではありません:後ほど説明)
観測者Aの立場から考えると、Bに"乳揺れ"が発生するのは(揺れる・揺れない)の50%になります。
逆に、観測者Aが見ていない時は、Bに"乳揺れ"が発生しているとも、いないともいえない状況にあります。
Bの立場にたって考えると、観測者Aがいる時の"乳揺れ"発生確率は同じく50%です。
しかし、観測者Aがいない時はどちらともいえません。
つまり"乳揺れ"が発生している時は必ず観測者Aがいる事になります。
ここから分かる事は、観測者Aがいるから乳は揺れる訳です。
言い換えましょう。
"我居るが故に、乳は揺れる"
くぅ~~~~ぅ!名言だ!いや!金言だ!!!
いま自殺しようとしているヤングメンを踏みとどまらせる事ができる力がある。
君がいるから、乳は揺れるんだよ!
うん、確実にヤングメンの命は救われる。
え~話を戻します。
では、誰もいない部屋で飛び跳ねるBについて考えてみましょう。
揺れる!!(即答
ではなぜ揺れるのでしょうか?
誰かが覗き見しているのでしょうか?
このことにより前提条件の"Bは必ずAになる事ができるが、AはBに必ずなれる訳ではない"という一文が必要になってきます。
つまり一人の部屋でぴょんぴよん飛び跳ねて"乳揺れ"を確認している時点で、Bは同時にAでもあるわけです。
しかし、一人の部屋で跳ねているBを外に居るAは観測することができないので、AはBに必ずなれるわけではないのです。
以上のことからわかった事は、観測者たるAは(視覚・聴覚・触覚等に関わらず)観測可能な場合のみ"乳揺れ"が発生することになります。
結論
"乳揺れ"は聴覚によって察知されているのではない!