勉強をしている息子をふと見ると、耳に鉛筆を挟んで考え込んでいた。先日、赤鉛筆を耳に挟んでいるおじさんのキャラ(逆転裁判のイトノコ刑事)を見て、あの耳から出ている赤い棒はなんだろう?と無邪気に言っていた息子。耳に鉛筆を挟むということを覚え、さっそく実践していてかわいい。



さて我が家の平日夕方、息子によって毎日発信される2年A組(仮)ニュース。今日のトップニュースは、「Sちゃんが楽譜や教科書などなにも見ないで、スマイルアゲインを全部歌ったこと!!」だった。なんて平和なんだろう。

 

その歌を私は知らなかったのでYouTubeで検索し、息子としんみり聞き入ってしまった。スマイルアゲイン わらってみせて どんなあなたも みんなすきだから。

 

学校で習うような合唱曲って、昔っから変わらぬ定番のもの、と勝手に思っていたのだけど、時代とともに変わっていくんだな。小学生の頃、姉と共に合唱団なるものに所属しており、合唱曲はたくさん知っているはずなのに、サビすらまったく聞いたことがないレベルだった。

 

YouTubeを聞きながら、再び息子がすっかり感心しきった顔で「この歌を、Sちゃんはなにも見ないで最後まで歌ったんだからねぇ」と何度も言うので笑ってしまった。微笑ましい。

 


『スモールワールズ』一穂ミチ

新人文学賞やら本屋大賞を受賞した作品で、期待して読み、その期待にもある程度応えてくれたものの、大絶賛するほどではないのでは、という感想。講談社の公式サイトを開くと、“すごい才能が現れた!”などという文字が飛び出してきて、仰々しい。

 

6つの短編集で、それぞれが微妙につながっているというか、次の作品の登場人物がチラっと出てくる、みたいな構成。それは話の本筋にはまったく関係ないのだけど、身の回り半径何キロくらいの世界に、様々な苦しみがあり、喜びがあり、憤りがあり、許しがあり、みんなそうやって生きているんだ、ということを再確認することができる。

 

言い回しや、言葉の選び方が私の好きな感じだったので、素敵な表現だなあ、とほくほくしながら読み進めた。斬新な比喩とか、胸に突き刺さる台詞とか、そういうのではなく、スッと胸に沁みるような。そのセンスはすごくすごく好き。

 

ただ、出てくる人間たちがまあまあ不自然で、読んでいくうちに違和感の方が強くなってしまった。1作目、不倫されている女性がわりと飄々としており、世間では不倫は心の殺人、なんていうのに、こんな女性もいるのかなあ、こういうのもカッコイイかも、と感心するほどだった。いつか自分の夫がもし浮気をしても(しないでくれと願うけど)、こんな風に気丈でいられたら、とすら思った。

 

そして2作目、話自体はこの本の中で1番好きだし、ラストのモノローグもとてもいいのに、継父から性被害を受けた女子高生の描き方にまったく共感できず。1作目の女性もずいぶんドライだったけど、つまり作者は、人間をこういう風にしか書けないんだろうか、と興醒めしてしまった。

 

そんなわけでそれ以降も、素敵な部分は素敵だなと愉しみつつ、でもなんかライトなんだよな~と思って読了。全部読んでからネット上のレビューをいくつか見たら「手紙のやり取りを小説にするなんてすごい。こんな手法どうやって思いつくんだろう。最高でした」みたいな高評価があって、書簡体小説なんて何十年も前からあるのに…、こういう層にウケているのだな、と妙に納得した。