うっかりリモコンを押してしまってついたTVで、スポーツのイベントみたいなものがやっていて、国歌が流れた。息子が、あ!って顔をして「これ、千代紙ー?」と言う。千代紙じゃないよ。君が代だよ。惜しい(惜しくない)。
さて今日は、見たことのないお友達と息子が帰ってきた。そういう場合、お友達と息子プラス私でそのままわいわい帰るのが常なのだけど、今日はちょっと気まずそうな、微妙な表情をされる。珍しい。
ん?ママはママで帰るから、お友達と帰っていいよ?と小さい声で伝えると、「そう?ありがと」とにっこりして、結局2メートルくらい距離をとって家まで帰った(今思えば、別のルートで帰ればよかった)。
後から聞いたら、学童で仲良くなった3年生のお友達とのこと。そっか、彼はお兄さんだったか。それじゃあ、ママも一緒に…とはならないよね。
1年生の春、息子がなかなかお友達と登下校することに慣れなくて、私がいるとどうしても私とばかり話してしまうので、真剣に悩んだことを思い出す。お友達を無視して、オレはママと話したいんだ!とふてくされていた息子。今ではちゃんと、お友達とお喋りしながら盛り上がっているよ、と当時の自分に教えたい。
『N』道尾秀介
何章かに分かれていて、どこから読んでもOKで、どこから読むかによってストーリーの印象が変わるよ、という作品。アイデアはステキだと思うものの、肝心の内容はそこまで面白くなかった。
とにかくその、新しい試みそのものが最優先されているせいか、全体的に無駄に思わせぶりで、そのくせ、ふーん…で終わるような話ばかり。読む順番で世界が変わる、と謳われてはいるものの、実際には、世界が変わるってほどではない。ほう、なるほどね、くらいの感想。
こんな本があったらどうだろう、次はこんなことをしてみよう、という書き手の意欲と、普通に面白い小説が読みたい、という読み手側の気持ちと、両立させるのは難しいんだな。

