今日は息子が、ひとつも忘れ物をせずに帰ってきた!帽子も、水筒も、連絡帳(ロッカーに入っていたらしい)も、サッカーの道具も、宿題もなにもかも。


あったりまえのことなんたけど、最近忘れ物が続いていたため、やけに嬉しい。こんなことで私の方が、いちいち一喜一憂している。忘れ物をしてもしなくても、おおらかに、どーんと構えてるくらいがいいんだろうな、ほんとは…。



放課後サッカーの練習を終え、家の方向が同じ子と一緒に帰ってきた。息子とあまりノリが合わないのか、2人で仲良くしているところを、今までは見たことがなかったのだけど(クラスも違うし)、仮面ライダーのアーケードゲームをやっているらしく、その話で大いに盛り上がっていた。


ガンバライジング、やったことあんの!?カード何枚もってる?あれ、やると絶対カードがもらえるとこがいいんだよなー!!レアカードある?1番強いの誰?


と、止まらないマシンガントーク。2人とも、なんてかわいいのだろうと、微笑ましく会話を聞いていた。ひとりの“知り合い”が、“友達”に変わる瞬間。まだ1年生の彼らには、そんな感覚はないだろうけど、そばにいた私は、すてきな場面に立ち会えたようで嬉しかった。


さて、本日の1冊『V.T.R.』


辻村深月の小説『スロウハイツの神様』に登場した、人気ラノベ作家チヨダコーキのデビュー作、という体で書かれたもので、普段の辻村深月とはまるで違う世界観。


デビュー作という設定だから、あえて粗削りなのか。ヒロインのとった行動の理由も、友人たちの心情もよくわからず、あれ?○○だとしたら、□□がおかしくない?というところ満載。設定が雑。雰囲気だけ楽しめばそれでいいのか。


ラノベは読んだことがないので知らないけれど、こういう文体が主流なのだろうか。なぜかボリス・ヴィアンを少し思い出した。岡崎京子あたりの小説やコラムを10倍くらい野暮ったくした感じ。野暮ったい人ががんばって考えた、イケイケのおれ、という感じ。


でも面白くなかった、というわけではない。きっとこの下手さ気持ち悪さも、チヨダコーキデビュー作としての演出なのだろう…、と思うことにする。


巻末の“解説”を書いているのが、これまた辻村深月作品の登場人物、赤羽環。チヨダコーキの大ファンだけあって、すごい熱量。もしこれががただの小説で、読み終えた後にこんな主張の強い解説が書いてあったら、なんか置いてけぼりな気分になりそう。


『スロウハイツの〜』を読んだからこそ、楽しめたかな。あの作品を愛する読者に向けた、ファンサービス的な1冊。