今週は月曜が休みで火水仕事して木曜がまた休み、今日仕事したら明日は土曜日!ということで非常に嬉しい。そういえば10月は、スポーツの日がオリンピックで移動してしまったせいで、祝日がないんだよね。がーん。ショック。

 

祝日のことで一喜一憂していると、夫から苦笑される。自分でもたまに、そんなに仕事が嫌なんかーい、って呆れるのだけど、最近は、うん、はっきりと嫌。

 

そこまで嫌な仕事ならばさっさと辞めてしまえ!って何度も思いつつ、でもなんだかんだ言って、現時点ではほぼ完全に在宅勤務だしなー、いざ探してみると、なかなかこういう仕事ってないんだよなー、とぐだぐだしている。

 

 

とりあえず、金曜の夕方にややこしいメールが届くことがたまにあって、それがとても嫌。自分で書いてて思うけど、仕事辞めたい理由がくだらないね。こどもか。

 

金曜の夕方なので、スルーして翌月曜日に返信すればいい類のものなんだけど、ついつい考えてしまう。で、本来なら楽しいはずの金曜夜、そのまま土曜も日曜も、そのメールのことをあれこれ考え、月曜になったらこう返信しよう、その前にあれを確認せねば、などと頭の中が仕事のことで満たされてしまう。考えないようにしようと思ってもいつの間にか考えてるの。どうすれば考えないでいられるんだろう。

 

 

ところで今日読んだ育児書に、こんなことが書いてあった。

私は私、娘は娘。

娘は、私の思い通りにならなくても幸せになれる。

私は、娘がどうなろうとも幸せになれる。

私は娘の選択を支持するし、その生き方を尊重する。

私は私、娘は娘。

 

私は私、お母さんはお母さん。

私はお母さんに関係なく幸せになれるし、お母さんは私がいなくても幸せになれる。

私は私、お母さんはお母さん。

 

『子どもの将来は親の自己肯定感で決まる』

/根本裕幸

この本に書いてあったことは、基本的には他の育児書と似たりよったりというか、特に珍しい内容ではなく、読みやすかった。でもこの部分だけは、一瞬、うっ…と思った。「私は、娘がどうなろうとも幸せになれる」。

 

我が家の場合は娘じゃなくて息子だけど、彼が私の思い通りにならなくても幸せになれるとか、彼の選択を支持するとかはわかる。うんうん。でも、私は息子がどうなろうとも幸せになれるかっていうと、いや、そんなことはない。

 

でもこれを正しく理解できてる状態というのが、親子がきちんと自立した状態なのだとしたら、私は頑張らなくてはなあ。親離れ、子離れ。これ私、苦労しそうだ。