朝ごはんに、バナナを挟んだパンケーキタワーをご所望。「ボク、甘いものって大好き。甘いもの食べると、雰囲気が急に良くなるよねえ」
今日も今日とて、言い回しが独特な息子。
ところで私は息子が生まれてから毎日、自分はとても優しい母親だと思っている。やたらにイライラすることもないし、感情的に怒鳴り散らすこともない(もちろん“叱る”ことはある)。少しでいいからひとりになりたい!と嘆くこともなく、日に何回も、「大好きだよ」「宝物だよ」「生まれてくれてありがとう」と息子に伝えては、にこにこしている。
それは、息子のためにこうあらねば、という責任感のようなものでそうしているのではない。一番根っこにあるのは、自分がこんなお母さんに育てられてみたかった、という幼い願望だ。
私は自分がして欲しかったことを全部息子にしている。私は自分が欲しかった言葉を全部息子にかけている。して欲しかったけどしてもらえなかったこと、言って欲しかったけど言ってもらえなかったことも。
子育てを通して過去の自分を満たす行為は、親のエゴであって、子供にとってはいい迷惑です、今すぐやめましょう、って話をどこかで読んだ。どうやら私みたいな親が少なくないらしい。
でもさ、“人にはそれぞれ事情がある(byマーシー)”のだ。うちの息子が健やかに成長していて、毎日リビングには笑い声が絶えず、愛情いっぱいの親子関係を築けているのだとしたら、プロのカウンセラーであろうが、ベテランママさんであろうが、他人の意見なんて気にする必要はないのだ。
今日も私は、抱っこをするにはいささか大きくなり過ぎた息子を、それでも求められれば「よしきた!」と抱っこし、同時に過去の、抱っこして欲しい時に抱っこしてもらえなかった小さな自分のことも抱っこしている。まあ非力だから、びっくりするくらいすぐに、疲れておろしちゃうんだけど。
