未だにほぼ毎朝、「保育園行きたくないのー。保育園嫌い。お母さんと離れ離れになりたくない」と言ってポロポロ涙をこぼしている息子。
そのくせ帰りは帰りで、お迎えに行った私の元に駆け寄ってくるなんてことはまずなく、「まだ遊ぶ。いまご本読んでるから待ってて」と言い放たれ、いつも10分くらい待ちぼうけするハメになるんですが。


ちなみに息子が「保育園行きたくない」と言った時に「でも帰りは、帰りたくないって言うじゃん。保育園好きなんでしょ」と指摘すると「ちがう。保育園のオモチャは好き。保育園は好きじゃない」と冷静に否定されます。末恐ろしや。


話を戻して朝のこと。昨日やはり息子は登園を拒否して、大泣きしていました。朝番の先生が、息子の苦手な先生(たまに“Y先生こわい”と漏らしている。息子の“こわい”の定義が大人のそれと同じかはわからないけど)だったこともあり、まったく泣き止むそぶりを見せませんでした。

私たちは毎日別れ際に「バイバイ抱っこ」と「バイバイタッチ」をします。結局は抱っこをしてもタッチをしても息子は泣き続けているので、彼の要望に応える意味はあるのか?とも思いつつ…。


さて、昨日は泣いている息子を抱きかかえてくれた先生が、「バイバイ抱っこしてぇ」という彼の言葉をスルーして、“お母さん、もう行っちゃってください”という合図を送ってきました。

先生からしても、この子はどうせ抱っこされても泣き止まないし…という感じだったのでしょう。抱っこをしたら私にしがみついて、余計に離れがたくなる可能性もあります。その上普段は、どんなに泣いていても母の姿が完全に見えなくなれば観念して、ケロっと遊び始めるそうです。だから先生は、抱っこ抱っこと泣く息子を無視したんだと思います。


でも昨日はバイバイ抱っこをしなかったせいで、別れてからも20分は泣き続けていたそうです。意味がないと思っていたバイバイ抱っこも、息子の中ではちゃんと意味があったんだなーと切なくなりました。
夕方なんの脈絡もなく、息子の方から朝のことについて話し始めました。「あのね、朝ね、バイバイ抱っこしなくて嫌だったの。バイバイ抱っこして欲しかったの」だって。とても大切な話をする時の口調でした。そうだよね。ごめんね。


長々と書いたけど、息子はまだ小さいから、彼のすることにそんなに深い意味なんてないと思うのは、すごく傲慢だったなぁと、改めて感じた出来事でした。

こちらはお手紙を書く息子の様子。かわいらしいお手紙(と呼んでいいのかこれは?)ブームが到来しています。
「ボクお母さんにお手紙書くー!お母さんニッコリにしてあげる」って言います。とんでもなく愛しいです。

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■給食のラーメンを3杯おかわりしたそう
■運動会の練習をよくするようになり「ボクのグラウンドは〜」という会話(謎のグラウンド自慢)が増えた
■「運動会、見にきてもいいよ。お写真撮ってもいいよ」と許可してくる笑