#生後13ヶ月 397days
最近、息子の保育園からの連絡帳を読むのが毎日の楽しみになっています。今日はどんなことがあったんだろう、どんな風に過ごしたんだろう、ってワクワクしながらページをめくっております。

本日の保育園連絡帳より。
▷三丁目公園へ行って
▷ブルーシートをしいて
▷みんなでお花見をしました
▷すべり台も上手にすべれました

じーん!!!
お花見したんだー。想像するだけで愛おしくてたまらないです。
あとはだいたい、給食よく食べた系の報告が書かれています。嬉しいんだけども、もしかして私の料理が下手なせいで給食が美味しいのか?なんて思えなくもなかったりして複雑な心境です。

給食もおやつもおかわりをして精力的に食べているらしき息子。家だと、夕飯はもりもり食べますが、朝はのろのろ…時間がかかります。日によっては残すこともあるし。
舌が肥えてしまったのかなー。母として、頑張らねばなりますまい。

慣らし保育中の今は、一時的に専業主婦なので料理も丁寧にやろうと思えますが、仕事が始まったらどうなることやら、自信がありません。自分の夕飯はさておき、息子のぶんはきちんと栄養バランスを考えて、質も量もぬかりなく提供してあげたいな。


さて、自由な時間があるうちに、地味にやりたかったことをちょこちょこやっています。
キッチンの整理と修繕作業、水回りの模様替え、それから服の断捨離と、ちょっと早いけれども衣替え。

で、その衣替えの最中に、数十年前に書いた古い日記を見つけてしまいました。前に発見し(ブログによると2015/6/19)、でもボリュームがあり過ぎて読み切れず、またそのまま忘れ去られていました。今回はまあまあの斜め読みで、ほぼ一気に読了。

大方の一般人の日記がそうであるように、本人以外にはなんの価値もない日記ですが、いやぁー、ムズムズしたし、何度かは声を出して笑ってしまったし、呆れたし、痛いし、懐かしくて面白かったです。
もちろんポエム満載w

方言丸出しなのと、当時の仲間内の流行語にすっごくキューンとしました。「しょんない=しかたない」「さもない=たいしたことない」「ぼっけー=イケてない奴」
ポケベル世代だったので「ベルフレ」とか、あと日記でも学校のことを[]と書いてたり([]=学校、はポケベル語)。

ハイティーンの私は、よく遊び、よく歌い、よく喧嘩し、よく恋をしていた様子。

例えば、どうやら女友達とトラブルがあった日の日記。

▷誰か約束を守ってよ
▷もう約束なんかしたくないよ
▷どうせ半分は破られちゃうし
▷あとの半分は私が守んないし

…って、お前も破るんかい!
と、思わず突っ込まずにいられない20年後の自分です。被害者ぶって、大真面目に何を書いていたんだろう。呆然。


そうかと思えば、どうやら何もかもがうまくいってた頃の日記。

▷こんな日が永遠に続くといい
▷そのために私ができることがあれば
▷なんだってしよう

このページだけ、いきなりどうしたっ!?て感じのキラキラ感でした(で、すぐにテンションが変わったことに吹いた)。

▷しかし地球はまわる
▷宇宙はまっくらだ
▷私には朝がきて夜がきて次の日がくる
▷・・・
▷明日!!

突然の「明日!!」の力強い筆圧にびっくりです。とにかく若いって、すごいです。意味がわかりません。青春です。


またある時には、1ページぎっしり「あのこ」を失った、という喪失感をぶちまけていて、なんだ?この時何があったんだっけ?と思って読み進むと、最後にそれが、電子辞書のことだとわかってイラっとしました笑
なにこの思わせぶり。

あー、でも確かに、一時期電子辞書にすっごくハマっていたのです。今でいうスマホみたいな存在で、常に持ち歩いて、気になることがあったらその場で調べていました。

忘れてたことをたくさん思い出しました。

177のこととか。
当時は朝起きたら177していたらしく、177ってなんだっけ?と思ったら、天気予報でした。今、起きたらスマホさぐってお天気を調べるのと同じように、電話をかけていたんでした。

▷今日177したら
▷予報の声が超マサシだった
▷どういうこと?びっくりー!

マサシって、高校の時の担任の名前です。「どういうこと?」じゃないしw
そんなくだらない数行も、なんというかあっけらかんと馬鹿で、いっそ清々しい気分でした。


早朝オール明け、街のコンビニで牛乳とシリアルを買って、家に帰る電車に乗り、駅から徒歩50分くらいビニール袋をぶら下げて裸足で歩いたこと。
サンダルのヒールが高すぎて疲れちゃってた17歳の私でした。背伸びしてたなー!「裸足で歩くなら道路の白線の上がすべすべしててよい」って書いてありました。


なんでもないことにムカついたり、ときめいたり、やべー幸せだー、どかーん(どかーんは当時の口癖)ってしてたり、よくありがちな「はー、ガイジンになりたい!」を言ってたり、25インチのパンツがキツくて嘆いてたり(大丈夫、大人になったら22インチ履いてるから、と当時の私に教えてあげたい)、いきなり「死」について考え出して「私の葬式にはみんなオシャレしてきて」って書いてみたり。


次から次へといろんな人の名前が出てきたけれど、もうほとんど思い出せませんでした。「明日には顔も忘れてしまうような人たち」と、しょっちゅう乾杯していたみたいです。でも毎晩楽しかったことは覚えている。


▷「私らしさ」なんて考えない
▷友達はわかってくれる
▷誰とも違っても気にしないし
▷誰かと一緒でも全然構わない

そしてやっぱりこれが、私の基本なんだなーと改めて思いました。流されたり、染まったりすることになんの抵抗もなく、何がどうなろうと、私はこんなにも私だ、っていつも思います。高校生の私も、既に思っていたようです。


古い日記の束は、読んですぐ捨ててしまいました。すごく面白かったし、言ってみれば宝物だとも思ったけど、同時にムズ痒くて、速攻でマンションのゴミ置場に持って行ってしまいました。


今日のこの日記も、20年後の自分が読み返したら、ムズ痒くなってしまうでしょうか。なんだかそれも楽しみです。

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■保育園帰り道ご機嫌で歩いた
■とても表情豊かになった
■寝る前ずーっとヤイヤイヤイヤイヤイ