知人やお友達から洋服をいただくことが多いので、自分ではあまり買い物をしなくなって久しいのですが、
渋谷で銀座線から井の頭線に乗り換える途中、
激しいセールにばったり遭遇したため、珍しく服やなんかを買って帰りました。
以前、ラフォーレの店員をしている友人と同居していたことがあって、
年末年始のセール時、福袋やら徹夜組みやら連日戦場のような騒ぎで、
その友人が全身から疲労困憊オーラを放っていたのを覚えております。
かく言う私も長い人生のほんの一瞬だけ渋谷109で販売員をしたことがあります。
あそこのセールも、お立ち台みたいなのに乗っかって、
メガホン片手に呼び込みとかいったい何のお祭りなのでしょうか。
ま、騒ぎの中に入っちゃえば楽しいんだけど。
本日はキャミソールとヘアゴムとシャツとマフラーを購入しました。
*
さて話は、冒頭の写真に変わります。
カミュの 『ペスト』 です。
随分昔に読んだ作品ですが、最近よく思い出します。
最近、というのはあの大地震の後、そして原発事故の後です。
起こった直後はあれだけ騒がれたものの、
今、少なくとも私の周りでは皆普通に生活をしています。
表面上の日常を取り戻し、以前と変わらぬリズムで過ごせるようになった人々から順番に、
あの悲惨な人災を忘れていくかのようです。
私たちは恐らく、3月11日の大きな地震のことを忘れません。
津波のこと、失われた命のこと、あの夜の不安のことを忘れません。
胸に刻み、ことあるごとに思い返しては
犠牲者を悼んだり、自分の命に感謝をしたり、後世の人々に教訓を伝えようとするでしょう。
でも人災についてどう対応していいのかわからずにいます。
今なお被災地で苦しんでいる方々がいることは承知していますが、
ひとまず大地震のことはさておき、
現在進行中の問題に関してどうか、ということです。
原発、放射能、電力供給の代替案、食品の安全性。
よく海外の友人から、あなたはそれらのことについてどう考えて日本で生活しているの?
と尋ねられます。
でも日本人同士でそういう話題になることはあまりありません。
私達には考えなければいけないことがあるのに、
私はそれを考えないようにして生活しています。
考えながら生活していたら気が狂いそうになります。
だから私は上記の質問に対して、何も答えられません。
英語でうまく説明できないフリをしていますが、
ほんとは日本語でも何も言えません。
ひとつには、「考えたところでなるようにしかならない」 と思うからだし、
また、何か行動を起こすべきだとしても、何をどうすればいいのかわからないからです。
いろいろな情報が溢れています。
原発の利権や、政治家の事情や、
何がどうなっているのか、自国のことなのにわかりません。
今まで知ろうとしなかった自分の責任なのかもしれませんが、
情報がどこにあるのか、そしてその情報は本当に正しいのか、わかりません。
例えば、反原発を唱える人の中にも、
反原発をする=電力が不足する=足りない電力を韓国から買い取る
という案を押しているグループがあるらしく、
これにも何か裏がありそうで賛成はできません。
*
チェルノブイリ付近で多くの幼児が癌に侵された映像を目の当たりにし、
現在の日本について海外の学者が、「東北の子供たちは40歳以上は生きられないだろう」
というのを耳にし、数年後の日本を思うと不安になります。
自分たちの未来に関心がないはずはありません。
じゃあデモに参加すればいいのか?だけど、何のデモに?
今からでも社会情勢について勉強すればいいのか?
海外移住の計画を現実的に立て始めればいいのか?
でも結局わからなくなって、
普通に生きています。
普通に、バーゲンで新しい服を買ったりしてそれをブログに書いたりして生きています。
それで私は、カミュのペストを思い出すのです。
もちろんあの街の人々は逃げたくても逃げられないので、
現在の日本の状況とは異なりますが、
死を身近に感じて、最初は抗うけれど次第に諦め、
それを生活の一部として生きることを受け入れるところがなんとなく似ています。
そして思うのです。
どうせ昔から、人は死と隣り合わせだったんだし、と。
なるようにしかならないと。
「結局、今起こっていることはなかなかおもしろいじゃありませんか
ペスト以前にだっておんなじぐらい危険はあったんですからな、往来の激しい四辻を渡るときなんか」