わたしが実家にいた頃、母は動物が嫌いなんだと思っていました。でもある日久しぶりに帰省をしたら小さな猫がいて、
以来ずっと仲良く一緒に暮らしているようです。
名前はミーとかミャーとか、ネコとかのようです。
週末を利用して、姉の車で実家に帰りました。
幼稚園の制服のままやって来た姪の姿を見て、
すっかり目尻を下げるお母さんとおばあちゃん。
そんな光景を見てたらこっちまで幸せになりました。
わたしは弟と久々にじっくり話したり、ガラにもなく束の間の団らんを楽しんだり。
古い古い実家にいきなり人が増えて、
わいわいとんでもない騒音だったと思います。
そして眠るために二階に上り、むかし自分の部屋だったところを眺めました。
懐かしくて変な気持ちになります。
この布!いったい何年ここにかけられているんだろう、とか。
あのパズルを完成させた頃に好きだった小説のこととか。
大切にしてたおもちゃとか、壁に貼ったシールとか。


「知るということは根本的にはガンの告知だ」という、養老孟司の言葉をわたしは震災の直後に思い出しました。
自分は今生きているけれど、
いつ死ぬかわからない。
誰もがあの時、そんなことを考えたと思います。
1年経ったら死ぬかもしれない、明日死ぬかもしれない、
一瞬後には死んでいるかもしれない、
あの時死んでいたのはわたしだったかもしれない、
すべてを失っていたのはわたしだったかもしれない、
そんなことをわたしは思いました。
あの震災はそういうものでした。
ほんとうはいつだって、命があるということはとても危ういことで、
でもそれを忘れてわたしは生活しています。
だけど大きな地震があって、再び思い出しました。
それで、なにもかもが、
以前よりもくっきりと愛しく思えました。
この実家の、昔からあるこの部屋。
何度も兄弟喧嘩をしたり、怒られて泣いたり、
一晩中マンガを読んだり、二段ベッドで彩ちゃんと合唱したり、
そんなふうにたっぷりと詰まった思い出も、
永遠にあるわけじゃないんだ。
いつも以上に感傷的になってしまって、
気がつくと、他人にとってはきっとくだらない、
なんでもない写真を、たくさんたくさん撮っていました。
