渋谷で飲んだけど、今夜はちゃんと終電を逃さずに帰って来ました。忙しい金曜日にも最近はちょっと慣れてきて、
いつもよりやや早めに出勤する&お昼休みを取らない、
ということによってどうにか乗り越えられるようになりました。
金曜の夜にこうして友達とお酒を飲めることに喜びを感じます。いえーい。
(少し前まで私にとって、金曜=終わらない業務、という感じだったので)
仕事に追われてお弁当を食べたのが夕方の4時近かったため、
あまりお腹は空いておらず。
まずはPARCO のレストランでちょこっと食べ、ちょこっと飲み、
場所を移して二軒目Hub でもちょこっと食べ、ちょこっと飲み。
女3人集まればもちろん恋の話に花が咲くわけですが、
相変わらず三種三様な私達でした。
ところで今、村上龍の 『歌うクジラ 上』 を読んでいるところですが、ものすごく疲れるというか、読むことにストレスを感じます。
ストレスというのは良い意味も悪い意味も含み、
村上龍らしくいろんな意味で too much なので、
通勤電車で読むのに向かないのかもしれません。
私の年齢、置かれている状況、欲しているもの、必要なもの、
という点から考えてみると、
別に今読むべき本じゃないのかな?と思いつつ、
でも同時に、途中でやめられないナニカも感じる小説です。
こういう作品は、出会うタイミングが非常に重要なのだ、と思いました。
現時点で自分が大好きな本のことを考えてみても、
他の作品と比べて内容や展開あるいは文章が優れている、というよりは、
ソレを読んだタイミングの自分にとって必要な要素がつまっていた、
という理由によって、忘れられない一作になっているような気がします。
岡崎京子の 『PINK』 を2011年の自分が初めて読んだとしたら、
大友克洋の 『AKIRA』 を2011年の自分が初めて読んだとしたら、
ヘルマンヘッセの 『シッダールタ』 を2011年の自分が初めて読んだとしたら、
坂口安吾や村上春樹や夏目漱石を2011年の自分が初めて読んだとしたら、
今自分がそれらの作品を、“人生で出会った最も素晴らしい作品のひとつ”
と感じているように感動することができたでしょうか。
あんなに何度も読み返したり、
フレーズを暗記してしまったり、
影響を強く受けたりしたでしょうか。
逆に言うと、
最近読んですごく退屈だと感じたいくつかの作品も、
読むタイミングが違えば、つまり中学生の頃に出会っていたり、
ものすごく落ち込んでいる時に出会っていたり、
変化を求めている瞬間に出会っていたりしたら、
まったく違う評価を下していたかもしれません。
こんなに素晴らしい本があったのかー!とか言ってみんなにオススメしていたかもしれません。
やっぱ人生、タイミングですね、と、
そういえばこのことは、
今日お酒を飲みながらしていたお喋りの中でも、
繰り返し出たフレーズでした。んー。
