今日からヒロと、二泊三日の広島旅行です。実は今回のネイル、広島は宮島の鳥居をイメージしました笑

なかなかお盆休みの日程が決まらなくて旅の計画がままならず、全国の宿も新幹線もソールドアウトする中、
広島はまだぎりぎりチケットが確保できたのです。
まずは東京駅でお弁当を購入して4時間新幹線で日本を南下します。
広島に着くと曇った空から小雨が降っていましたが、
高いポテンシャルのまま路面電車に乗ってまずはホテルへ。
ヒロデンという路面電車が縦横に走っており、運賃は150円ナリ。ヒロデン+宮島フェリー+宮島ロープウェイ乗り放題2日間で2000円、
という驚愕のお得カードをさっそく購入しました。
だってフェリーの運賃は片道170円だし、
ロープウェイの1往復だけでも1800円するのです。
なんなんでしょうかこの価格設定は。
お得過ぎて何度も確認してしまいました。
まず向かったのは広島城です。全体的に小綺麗だな?と思いましたがそれもそのはず、
原爆で一度失われて再建されたものでした。
そう意識して見ると、
ただの木々や、門のひとつや、
ずっと昔の建物を、手間隙かけて再び建造したこと、
全てに戦後の広島や日本の踏ん張りを感じるようでした。
城内は暑く、扇風機の風を頼りに、
5階まで並べられた歴史的な資料を拝見しました。
次に向かったのは原爆ドームです。原爆の威力に背筋を凍らせながら、
あの当時、正しいことってなんだったんだろう?
と考えずにはいられません。
原爆で多くの方が亡くなり、様々な悪影響が後世に残り、原爆は絶対にいけないものだと私達は学びます。
一方、ではあの時原爆を落とされず、日本軍は相変わらず精神論で国民を鼓舞し続け、
神風特攻隊などと言って若い兵士を自爆させ、
いずれは本土までもが戦場になり、
徹底抗戦してからボロボロの状態で敗戦したとしたら、
その後の日本と世界の関係はずっと日本にとって最悪なものになっていたのではないでしょうか。
原爆は仕方なかった、と断言する気は毛頭ありません。
でも原爆がなかったら、
原爆で亡くなったよりさらに多くの命が失われたかもしれないと考えた時、
私は、原爆の悲惨さをこれでもかとクローズアップするだけの展示に疑問を抱いていました。

平和記念館で、「アメリカは巨額の研究費を投入して原爆を作ったので、
原爆を使う機会を欲しがっていました」
と聞いて、
そんな理由で日本に原爆を落とすなんて酷いな、
と私は単純に感じました。
でもそんな風に考えているようではいけないのです。
我々が語り継ぐべきなのは、
犠牲者のむごい最期や、あの日の広島の惨状だけではないはずです。
運命の瞬間を風化させないことは大切ですが、「うわー、悲惨だね、可哀相だね」と眺めるだけでは誰も浮かばれません。
私は感情に任せて勝手にどんどん流れそうになる涙を飲み込んで、
そうじゃない、そうじゃないんだ、といろんなことを考えました。今も考えています。
さて、この日記の流れでは非常に言い出しにくいことですが、なんだかんだでお腹は勝手に空きます。
神妙になってみたところで、
時間がきたらきたで夕飯のことを考えていた俗物な私です。
本日の夜ご飯は勿論お好み焼き。
有名店みっちゃんの行列に1時間以上並んで、やっとありついた肉そば玉の美味しかったこと美味しかったこと。
ああどうして私の胃袋はこんなにチッポケなんだろう、と、
すぐに満腹になってしまう自分を残念に思いました。

