
ふっるーい友達のお芝居を観に行って来ました。毎度毎度、なにやら超仲良しな男7人で繰り広げられるドタバタ劇です。
私は恐らく、「ああ、この人たち本当に仲が良いんだな」
って思いながら彼らを見るのが好きです。
お芝居の内容や、演技やその他大事なことは勿論いろいろあるんですが、
彼らの場合は演者同士の“繋がり方”がなんだか微笑ましくて、
見ていて楽しい気持ちになります。いつもそうです。

芸達者なジュンペー君が作ったグッズも可愛かったです。欲しいけど、前回Tシャツ買ったばっかりなのでちょっと我慢w
表現する、ということに最前列で触れ、さて、私も自分とビオラについて考えました。
例えば歌うことが楽しい、好きだ。という人がいる。
お風呂で歌ったり、部屋で歌ったりする。
時には、友達とカラオケに行く。
カラオケでは自分のほかに聞き手がいるということになるのだけど、
聞き手に向けて歌うわけじゃなくて、普通は自分が楽しむために歌う。
上手く歌って褒められたいとか、モテたいとか、そう思う人もいるかもしれない。
でも「自分のために」歌う。
そこから一歩進んで、
誰か知らない人にこの歌を聴いてもらいたい、
聴いてくれた人の心を動かしたい、何かを伝えたい、
と思う時、ただ楽しいだけじゃなくてたくさん努力が必要になる。
演劇でも音楽でも絵画だとか詩だとか他の表現方法でも、
その努力がなければただの自己満だし、
誰かを感動させることなんて絶対にできない。
天賦の才能があるなら別だけれど、
自分が楽しむだけじゃなく、人を楽しませたいと思ったら、
努力し続けなければならない。
そういう当たり前のことについて改めて考えました。
彼らの舞台はいつもコミカルで楽しいけれど、
練習の時には意見がぶつかり合ったり、落ち込んだり、
トラブルがあったり、嫌になったり、寝る暇がなかったり、
それでも上を向いたり、そういうのひっくるめて愛したり、
葛藤を繰り返して、時間と労力を使って、良いものを作ってるんだろうな。
一見関係ありませんが、ディズニーランドだってそうでした。
あそこは夢の国だけど、夢を与える側は夢ばかり見ていられなくて、
ゲストが安心して夢を見られるように、裏でたくさん努力をしています。
話がトッ散らかっておりますが、
私は思いました。
まだ私のビオラでは、誰かを感動させることなんて全然出来ない。
でも、
「私、ビオラ大好き~~、ビオラ弾くの楽し~~」から一歩でも半歩でも進んで、
聴きに来てくれた人を楽しませる努力をしたい。
今も努力してるけど、もっともっと努力したい。
そして私のオーケストラの演奏会に来てくれた誰かが、
ああ聴きに来てよかったとか思えるといいな。
楽しかったお芝居の、帰り道。