駅のスープストックでご飯を食べていると、
なんかこう、OL!ってオーラが出てる気がする今日この頃です。

先日久しぶりに会った友達が偶然関連会社で働いており、
内部の者にしかわからない小さな不安や愚痴で思わず盛り上がってしまいました。
ガス抜きっていうか。


そういえば昔、すごく不思議に思っていたことがあったのだけど、
結局答えが出ないままだったその疑問を、10年ぶりに思い出しました。

まあ今考えると厨二病みたいなものです。
例えば誰かが、「辛いことがあっても、あえて前向きに捉えた方が良い」と言ったとして、
確かにその方が結果としてうまくいくことが多いし、
辛い辛いと思っているより精神衛生上、健全だというのは私にも理解出来るのだけど、

じゃあその、辛いことが起こった時に「辛い」と思った私の気持ちはどこにいくんだろう、と思っていました。

辛いって思うより、「よし、試練だ、頑張ろう」って考えた方が良いことはわかるけど、
辛いと感じている自分に気づかないフリをしたら、
辛い自分はどこに行くんだろう。

「辛い」と感じているまさにその自分こそが本来の自分なのに、
ネガティブなことを言っても仕方ないからと、
辛がっている自分は無視されてしまうのか、
辛がっている自分を無視するとポジティブになれるのか、
ポジティブというのは、ネガティブな自分を「なかったこと」にすることなのか。

ああ今、私は辛いんだな、じゃ駄目なのか。

そんな疑問でした。
別に誰かに議論を吹っかけるとかそんなんじゃなかったけれど、
ただただいつも不思議でした。


物事は捉え方次第だから、良い方に考えなさい、
なんでも前向きに受け止めなさい、
そんなことをあの頃しょっちゅう言われたけれど、
いったいなんだったんだろう。


今私は大人になって、辛いことが起こった時にも自然と「ま、頑張るか」って思えます。
でもそれがもし、「頑張るかって思った方がいいから、頑張るか」っていうことだと、
それは全然ポジティブじゃないと思います。


仕事の不安や愚痴を友達とぶちまけた後で、
そんな自分の昔を懐かしく思い出しました。

辛い時には、

「辛いよ。」
「そうだね、辛いね。」

で、いいじゃん。
て言えるのって、きっと大人な証拠なんだと思います。