先週の木曜日から韓国に行っていた彼が、今日はやっと帰ってくる日です。わーい。
夜遅くに帰ってくるので今日会えるかどうかはわからないけど、
お互い日本にいればメールも電話もできるし、
早くお土産話をたくさん聞きたいです。
今日は山崎ナオコーラの 『男と点と線』 を読みました。
あの、『人のセックスを笑うな』 のひと、です。
短編集でした。
思いのほか端整な文章で読みやすかったです。
うん、“端整” という言葉がぴったりな文章です。
読み応えは別にありませんが、
読書をする時にいつでも読み応えを求めているわけじゃないのだから問題ありません。
彼女の語り口は、
バター味のクラッカーみたいでした。
さっぱりとしていて、
でもただの塩味よりは、素っ気無くはなくて。
(素っ気無くはなくて、なんて変な日本語)
3年前ぐらいの古い作品なので、以下感想はネタバレです。
ニューヨークでジャズを聴くシーンが特に私は好きで、
主人公は、人生をなにかよいものにする魔法を知っている人だ、と思いました。
ジャズを気持ち良いと感じることのできる自分の感受性が、ギフトのようだ。私の場合はしょっちゅうスカのイベントに行っていて、
この耳こそが、神様がくれた蜜。
何かを成すことばかりが素晴らしいのではない、感じるだけで、素晴らしいのだ。
自分はバンドマンでもDJでもなんでもないけれど、
いつも最高にその瞬間が楽しくて、幸せで、
主人公の気持ちに、そうそうそう!、って思いました。
そういえば音楽の楽しみ方を主人公がひとりごちているように、
山崎ナオコーラ本人はどこかのインタビューで、
「文学をするということは、本を “書く” ことではなくて、“読む” ことだ。
文学をするというのは、読書のことだ。」
という意味のことを仰ってました。
OOはXXだ、とかは実際よくわかりませんが、
彼女の考え方を可愛いなぁと思って読みました。
でもちなみにその後の描写はあまり共感できなくて、
主人公がメトロポリタン美術館でモネを見た時に、
目で見て、感じるだけ。伝えなくとも良い、生きる喜び。この色を美しいと感じる自分の心が、嬉しい。
その自己を、誰かと分かち合う必要はない。
光を受け取る自分。生き物の自分。「美」と「ユーモア」を味わえる自分。
ってところと、さらには、恋愛において、
恋をすれば、平等なんて概念は吹き飛ぶ。好きでいる側が常に劣等なのだ。好きでいさせてくれるだけで、ありがたい。
さおりには何も求めない。さおりの周りにいる人間を、全員尊重する。こそっと好きでいるのだ。さおりが喜ぶようなことを、少しでもできるようにする。対等でなくていい。大事にされなくていい。カップルになれなくていい。愛したい。見上げたい。惚れ込みたい。応援したい。
って、そこまでいったらちょっと悟り過ぎのような気がしたんだけれど。
でも彼 (主人公) の思考回路は割りに自分と近いような・・・。
人生をよいものにする魔法は、そのひとそのひと、本人だけが持っていて、
物の捉えかた次第なんだ、
なんて言うとまぁずいぶんチンケだけども、
結局はほんとに、ソレに尽きると私は思います。
ただ聴いてるだけの音楽に満たされたり、
一人で世界と向き合うことが寂しくなかったり、
報われない恋さえも、心を温めるものだったり。