高島屋のイタリアンでラザニアを食べて、
えー、これなら私が作った方が美味しいわ!と不遜にも思いました。
冬が近づいてきます。


所属しているアマチュアオケの練習で、
23歳の女の子が発揮する強いリーダーシップに常々感動している私ですが、
今日、うまく言えないけれどめちゃくちゃシビれる出来事がありました。


強いリーダーが求められる時代、なんて、
それは裏を返せば民衆が楽チンだからという側面もあります。
会社組織だったら、一般社員が。

絶対に間違わないリーダーがもしもいて、
「みんなで右に進むぞ」「次は左だ」という具合に、
全部指示を出してくれたら自分ではなんにも考えなくたって済むものね。
しかも最後にはちゃんと正しい場所に辿り着くとしたら、最高です。
最高に楽チン。

でもそれってどうなんだろう。

・・・こうなってくると、「良いリーダーとはなにか」という定義がまず必要で、
そこら辺は私の管轄外なので適当にお茶を濁そうと思います。

これは政治活動でも営業活動でもなく、音楽の話。
そりゃあ音楽を演奏する上でもきちんと自分の考えを持って、
入念に楽譜を読み解き、分析し、検討し、
「ここはこう演奏するんだ」という判断を自分で下せたら良いんだろうけど、
まぁまず、出来ません。まだまだ。

それで私は35歳になってもう半年以上も経つこんなオバサンなんだけど、
23歳の彼女の的確な指示に、いつも楽しく舌を巻いているというわけなのです。
彼女に甘え過ぎずに、自分の頭を使って考えなくちゃとも思いつつ、
でも「あなたについていきます!(はぁと)」という気持ちが全然抜けない。

彼女がバイオリンの名手なのはもちろんのこと、
指導者としても「伝わる言葉」の選び方がとても上手だし、
いつも礼儀正しくて、威張ったりしなくて、面白くて、博識で、
こんなに褒めると逆に怪しいけれど、彼女がうちのオケの指導者で嬉しいです。


今日彼女は、セカンドバイオリンの人たちに、
「そこの部分はファゴットの音をよく聴いて、合わせるように」
と言いました。

私のパートはセカンドバイオリンでもファゴットでもありませんが、
その説明がとてもわかりやすくて、
短い中にもいろんな情報が含まれていて、
しかも「違うかもしれないけど、私はこう思うんだけど、責任は負いませんけど」
みたいなもにょもにょしたところが少しも無くて、
いっそ美しくて、
あんな風に美しい指示を出せる人ってなかなかいないんじゃないだろうか、
と、もうシビれたわけです。

「そこはファゴットについていってください。
 ファゴットが間違えても、その間違えたファゴットについていって」

書くと、あの感動がうまく伝わらないや。
でも、こういう指導って、大人にだってなかなか出来ないよなあ
ってしみじみ思うのです。


高島屋のイタリアンのラザニアはいまいちだったけれど、
デザートの栗のミルフィーユはとても美味しかったです。