THE梅雨、という感じのお天気でした。
一日中雨が降っています。

今日は夕飯用にカボチャを煮て、油揚げと大根のお味噌汁をこしらえ、
豚肉を甘辛く煮詰めております。
でも主人の帰宅はたぶん今夜も0時近くて、
まだまだお皿に盛り付けられないので昨日作ったランチの写真でお茶を濁します(冒頭)

スーパー納豆スパゲティ柚子胡椒添え。

トマトはもちろん、ベランダで獲れたものです。
美味しかったです。


さて話はちょっと日付を遡って、アメリカで同性婚が認められたことをきっかけに、
私の周りでもLGBTについての意見をちょこちょこ聞くようになりました。

L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシュアル、T=トランスジェンダー。
(女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者)
法律的/社会的に割り当てられた性別にとらわれない人々。

FBのプロフィール写真がLGBTシンボルカラーのレインボーに染まったりと、
巷では一見お祭騒ぎですが、
どんなことにもアンチはつきものということで、
快く思っていない方の意見もちらほら見かけます。

LGBTが社会権を得るなら、ロリコンは?
“〇〇フェチ”みたいな、他の全ての性的マイノリティはどうなるの?
なぜLGBTだけが特別なの?
生物としておかしいことなのだから差別されて当然なのでは?
どうして権利を主張するの?表舞台に出てこようとするの?

という主旨のブログや呟きをここ数日、かなりの頻度で目にしています。
そういう人って、LGBTの友達がいないんだろうなあと思ってしまう。
いや、問題はそこじゃないけど。

自分の身近な人が苦しんだり悩んでいる姿をちょっとでも見たことがあれば、
簡単に気持ち悪いなんて言えません。

「きもちわるっ」っていうのは、
脊髄反射というか、きっとヒトとして正常な反応なんだろうし、
だから私も、そういう意見にだって、なるほどなあと思います。
でもそうじゃない、
自分の中でもまとまらなくて上手く言葉にできないけど、
でもそうじゃない。


ぐるぐる言葉を探して、難しい理屈をこねくりまわさなくても、
もっと精神的に幼かった17歳の頃の自分はまっすぐに思っていました。
愛し合い、結婚したいと思った2人が、誰でも結婚できますように。

あの頃、私にはレズビアンの友達がいました。
彼女はいつも女の子みんなにとても優しくて、
その優しさは、少女漫画に出てくる男の子みたいな優しさで、
私は時々、説明のつかない悲しい気持ちに襲われました。

私には彼女の将来がちっとも上手に想像できなくて、悲しかった。
それは友達としてはっきりと失礼だけど、悲しかった。


そんなこともあって、当時の私がもしも、
世間が同性婚を認める風潮になってきた、というニュースを知ったら、
ただシンプルに喜んだと思います。

反対意見の人々を説き伏せられるような素晴らしいロジックも、
アンチを納得させられるだけの説得力もこれっぽっちもないけれど、
もしかしたら今オトナになってこんな風に、様々な意見に耳を傾け過ぎて、
いやあ、それもわかる、でも、そうは言ってもね・・・
なんてもごもご悩んでいるより、そっちの方がよっぽどいいかもしれません。
だってみんな、愛するひとと結婚したいじゃん!(うん。バカみたいだけど)




そして煮詰めた豚肉と一緒に、主人の帰りを待つ。