今日も寒かったですねー・・・からのワンパターン、
会社から帰るやいなやグラタンを作って食べました。
グラタン好き好き。

もう小麦粉を炒め始めたところでコンソメを切らしていることに気づき、
苦肉の策でカレー粉を入れてみました。

満腹になって、「ご馳走様」 をしたのが8時半。
2時間ぐらいゆっくり胃を休めて、
10時半になったらジョギングにでも出かけようと思っております。

皇居マラソンにエントリーしたため、
せめて5キロ完走できるようにジョギングを始めたはずが、
筋肉痛だ、台風だ、飲み会だ、なんだかんだで、
まだ1回しか走っていません。ドウナルコトヤラ。


さて本日は、通勤中にサマセット・モームの本を読んだのですが、
あの有名な 『月と六ペンス』 の意味(?)がやっとわかって感動しております。
以前、作品は読みましたがイマイチ題名の意図するところが理解できず、
うーん、“月” も “六ペンス” も出てこないじゃん!結局あれはなんだったんだ?
と、謎のままだったのでした。

こんなモームのひとこと。

私が子供だったとき、月に憧れるあまり、足元の六ペンスに気づかない人物を嘲笑うよう教えられた。
でも大人になるにつれて、
その人物は教えられたように馬鹿馬鹿しいかどうか、確信が持てなくなってきた。
六ペンスを拾い上げたい人はそうしたらいい。
だが、月に憧れるのも、とても面白い気晴らしに思えるのだ。


そっか。そういうことか。

・・・って、さっき日記用にモームの画像検索したついでにやってみたんだけど、
<月と六ペンス 意味> でググれば、すぐに答えがどわーっと出てきてました。
私がモームを最初に読んだ頃はもちろんインターネットなんてまだ普及してなくて、
謎は謎のまま、今日突然解決されるまで忘れ去られていたのですが。
便利な世の中になったもんですね。


モームの基本姿勢のいくつかには共感を覚えるというか、
私も同じことをずっと考えてたよ!って、安心したくなります。
自分にはあんな風に表現できないだろうけど、
乱暴を承知でものすごく簡単に言うと、

人間は元来混沌とした存在だということと、
他人に対して助言などできえない、というところです。

まぁ彼には、まったく同調したくないシニカル過ぎる部分もたくさんあるけれど、
ユーモアと皮肉の混ざった小気味良い物言いが、私は好きです。

彼の作品に出てくる女性は一癖二癖あって、
モームって女嫌いだったのかなぁ?と思わず笑ってしまいました。
(てか、そいえば 「月と六ペンス」 なんて、まさに!でしたね。)
これも、<モーム 女嫌い> あたりでネット検索したらすぐに正解がわかるのかもしれませんが、
まぁやめておこう。


最後に、昨日今日で読んだ中から、
2人のおかしな女性 (でもその描写の仕方が見事で感心してしまう) をピックアップして、
そろそろジョギングの準備にとりかかります。では!

ミス・リードは、退屈で退屈で、聞く者の神経を参らせる、稀に見る退屈人間だった。果てしなく途切れずに単調に喋り続け、遮ろうものなら、また最初から語りだすので、無駄だった。何でも知りたがり、テーブルの向こうで誰かが言った何気ない一言を耳にすると、無数の質問を浴びせるのだ。夢をたくさん見る人で、それを飽き飽きするほどくどくどと説明するのだった。どんな話題であれ、彼女は必ずわかりきったことを言うのだった。どんな場合でも陳腐なことを言った。平凡極まることを、釘を壁にハンマーで打ち込むように、他人の耳の中へと押し込むのだ。
「冬の船旅」

ロウジーは生まれつき愛情深い女でした。誰かが好きになると、その男とベッドに入るのはまったく自然なことでした。考え直したりしません。悪癖ではないし、好色でもない。天性だったのです。
ちょうど太陽が熱を与え、花が香りを与えるのと同じように、体を与えたのです。
彼女にとって楽しいことでしたし、他人に喜びを与えるのが好きだったのです。そんな行為は彼女の人格に少しも影響はありませんでした。常に誠実で、汚れなく、無邪気でした。
このようにも言えましょう。ロウジーは色情を刺激する女ではなかった。可愛くてたまらなくなるだけです。彼女に嫉妬するのは愚かしいことでした。彼女は林間の澄んだ深い池のようで、そこに飛び込むのは最高の気分ですが、自分より前に放浪者やジプシーや森の番人が水浴びしたことがあったとしても、水の冷たさも清らかさも変わらないのです。
「お菓子とビール」