フェイスブックのメインページのデザインが変わったようで、
「ますます見やすくなりました」みたいな広報がされておりますが、
いやいやいや、広告のスペースが広くなっただけだよね、と、
なんか言いようのないもやもや。見やすくなってないよ別に。

そういえば私はたまにしかログインしなくなってしまったmixiですが、
ユーザー視点の改善と称して足跡機能を無くしたのが改悪と評され、
その後元に戻したところで一度離れたユーザーが帰らず衰退の一途を辿っていると言います。
まあ、悪評すら話題になることがなくなってしまったのでよくわかりませんけども。


とにかく新しいFBの話に戻りますが、
右側に元々あった広告スペースがぐーんと大きくなったばかりか、
普通のニュースフィードにも、友達の投稿に混ざってやたらな頻度で広告が出てきます。

FBに関しては元々、こういった広告表示とは別の部分での批判をよく聞くので、
さらに叩かれる材料を増やしてどうなさるおつもりか、と心配半分がっかり半分です。
私自身は日常的に利用しているので、
末永く存続するツールであって欲しいのですが。

FBの好きなところは、よく遊ぶ仲間とも、離れている友達とも、
大事な情報や、そこまで大事じゃない情報や、気持ちや、写真がシェアできるところです。

FBがなきゃないで手紙だのメールだのをしたためて連絡を取ればいいわけだし、
いちいちそんなこと出来ないよって程度なら、
まあそこまでの間柄なんでしょって話なので、
「あったら便利だけど、なくても生きていくうえで別段困らない」
ぐらいなものですが、
でも、FBにはドラえもんの道具みたいな素敵さを、私は感じているのです。

だってアメリカやカナダや沖縄にいる友達とも、住所不定の友達とも、
仕事が忙しくて遊ぶ時間が捻出できない友達とも、
入院中の友達とも、子育て中の友達とも、少し喧嘩して会うのが気まずくなってしまった友達とも、
なんだかんだで繋がっていられるのです。
ネット上の「つながり」なんてマヤカシだ、
という考え方のひともいるだろうけど(むしろそっちの方が主流かもしれないけど)、
じゃあ古風に文通とかしてたらそれは「本物」なの?
電話で話せば「本物」なの?どこからが本物なの?
わざわざ時間を割いて出かけて直接会うということだけが「本物」のコミュニケーションなの?

誰が何を食べただとか、どんな映画を観ただとか、いちいちUPして、
それを見た方は適当に「いいね!」なんて押して、
そういう行為全般のくだらなさ、不気味さ、面倒臭さを指摘している人は、
いったいあなたが「友達」と呼んでいる相手とは、
じゃあどんな付き合い方をしているのか、知りたいぐらいです。

上記以外にも、よく挙げられているFBの欠点がありますがそれについて、
私は未だに、ひとつも思い当たる節なく毎日利用しています。
通勤電車の中が暇なせいもあるけど。


そんなわけで、FBには世間に叩かれる要素を増やして欲しくないのに、
この広告スペースの大きさや、表示されるしつこさは、なんだかなあ・・・と、思う今日この頃。
実際に使用する上で広告の表示がそこまで邪魔というわけではないけれど、
「ユーザーの為に」という体で、本当はユーザーの為を思ってないことをし始めると、
なんとなく、船が沈む前兆、のようなものを感じてしまうのでした。