会社帰り、新橋の飲み屋さんで豆をいただきました。今日は節分です。
もう何年も豆を撒いていません。
鬼は外、福は内。
だけど昔読んだ「鬼太の帽子」とかなんとかいう物語を思い出すと、
鬼が不憫でなりません。
「おにだって、いろいろ あるのに。おにだって・・・・・・」
こおりが とけたように きゅうに おにたが いなくなりました。
あとには、あの むぎわらぼうしだけが、ぽつんと のこっています。
豆撒きの思い出というのはそれほどないのだけど、子供の頃に実家で豆を撒いてそれが夏とか秋までうっかり残っていて、
たまにベッドの下なんかをのぞくと埃まみれのヤツが転がってたものです。
いとをかし。
小さな汚いカタマリを見つけた時に、「なんじゃありゃ」ってじーっと目をこらして、
そんで、「あ、豆だ!」って思った時なぜか嬉しいような気持ちになるんだよね。
「なにが見つかるかはわからない。でも、いつでもなにかは見つかるのよ。」
長靴下のピッピが言ってました。
小さい頃の私の毎日に、
それはほんとうにしっくりくる台詞でした。
そんな私も今は新橋で、イカを肴にお酒を飲むような大人になっています。
むぐむぐ。
今夜もご馳走様でした。
