姉一家の住む南船橋に、「ねーねー、誕生日祝ってくれるんでしょー?」
と、おしかけてきました。(もうすぐお誕生日なのです)
震災後のららぽーとはちょっと薄暗く営業していて、
いずれ始める一人暮らしのための家具を物色したり、
ヒロとふたりでぶらぶら歩き回りました。
大きな地震があったけれど、
時間はどんどん進んでいきます。
日曜の次は月曜だし、
誰も、なにも、わたし達が立ち直るまで待っててはくれません。
ところでわたしは今回の地震で、「まったく被災していない」
と言っても過言ではない状態です。
あの日。大きな地震のあった当日の夜。
職場から徒歩で帰りはしたけれども、
会社が家からそう遠くないので1時間弱しか歩きませんでした。
計画停電のエリアにも入らず、
スーパーマーケットでは牛乳や納豆が手に入りにくくなったものの、
後は食べるものにも、飲むものにも、(今のところ)困らずに生きています。
今までと変わらぬ仕事。暖かい家。
そしてありがたいことに、
大切な家族も、友達も、知り合いの一人も失わずに済んでいます。
ほんとうに幸福です。
そして思うのです。
自分に今なにができるのか。
なにができるか考えて、できることをする。
あとはあんまり、考え過ぎないことに決めました。
まだまだ続く大きな余震のこと。
政府のこと。原子力発電のこと。経済のこと。
心配なことは山ほどあります。
考えるのがしんどいからと言って、
「考えない」という選択肢はもうありません。
今までわたしは、政治のことには本当に興味がなくて、
よくわからないけれど、誰かが日本を良い感じにしてくれてるんでしょ?
と、勝手に思っていました。
そのくせそんなスタンスで、
「日本大好きー!」
なんてはばからずに公言していました。
わたしが大好きだと言った、
その日本という国はいったい何だったんだろう。
これからどうなるんだろう。
なんだか話がズレてしまいました。
大切な話を始めると、いつもこうなります。
うまく言えなくて、
肝心なところにたどり着く前に、
脱線してしまいます。
わたしは今回の地震があって、
おびえたり、泣いたり、困ったり、怒ったり、
それから反省したり後悔したりしました。
今まで知ろうともしなかったことがたくさんあった。
どうしてちゃんと考えなかったんだろう?って思うことがたくさんあった。
そういうことと、ひとつひとつ向き合っていかねば、と思います。
そしてさっきも言ったけれど、
自分にできることを精一杯したら後は、
考えすぎてストレスをためたり、国を憂いて鬱になったり、
弱気になったり絶望したりしないようにします。
それがきっと、必要なことだと思うからです。
さて姉一家の住む街に話を戻しましょう。焼きたてのブルーベリーマフィンをかざして、
4歳の姪っ子が中心になり、
大きな声で「ハッピーバースデー」を歌ってくれました。
すごーくすごーく可愛かった。嬉しかった。
その夜はどういうわけか、姉一家のご近所さんたちの飲み会に参加。
総勢何世帯?渋い居酒屋が貸切状態で、
お父さんチーム、お母さんチーム、子供チームそれぞれ、
飲んだり食べたり遊んだり、とんだわいわいがやがやでした。


