須磨寺副住職 陽人のひとり言 -3ページ目

須磨寺副住職 陽人のひとり言

生きるための仏教を求めて

今日も門戸厄神様で、高野山の一大イベント

高野山1200年の光
プロジェクションマッピング・太鼓・声明

の予行演習でした。

予行演習とは言ってもお偉い諸先輩方々の前での公演でした。

私は承仕という、所謂黒子役ですが、

太鼓の迫力、声明の響き、映像の美しさ


素晴らしいなぁと、感動しました。

高野山根本大塔に映し出されたら、
どうなるんだろうか。

早く観たいなぁ。

皆さんも是非!!

あ、須磨寺の4月10日の金堂での大法要も

宜しくお願い致しますm(_ _)m


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合掌
宿題に追われている、、、


書いても書いても終わらない!笑


梵字の一流伝授の宿題をためこんでしまった(T ^ T)


頑張ります!!


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今日は二月十五日

仏教徒にとって大切な日です。

釈尊が涅槃入寂された、つまりお亡くなりになった日です。

釈尊の弟子たちへの遺言は

「自灯明法灯明」

でした。


これは、「釈尊の説いてきた教えと自分自身を頼りに歩んでゆきなさい」

というものでした。

釈尊の教えだけが全てではない。

自分の苦しみは自分で向き合いなさいとおっしゃっています。

この言葉により、
仏教は自分自身の修行、自分自身の行動が大切な宗教になっていったと思います。

10人いれば10通りの答えや道筋がある。

当たり前のことのようですが、

宗教界にとっては当たり前ではありません。

他の宗教では「神」という絶対者がいて、

その絶対者の言葉が絶対的な意味をもちます。


自分たちの教えこそが正しい


その想いが強ければ強いほど排他的になります。

他を否定せず、
それぞれが自分の道をいく


涅槃会の度に

仏教っていいなぁと思うのです。



合掌