「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ 第一部」における演出面で疑問に覚えた点を箇条書きし、純粋に「この演出、ちょっとおかしいんじゃないの」という程度の批評を並べていきたい。
原作は中学校の頃に読んだっきりでほとんど忘れてるので、この映画だけの批判の論調になる事を了承願いたい。
・ギギ・アンダルシアのファム・ファタール性
どこかの週刊誌が「この映画はパパ活女子に振り回される男の映画だ!(意訳)」と書いていたが、僕は概ねその評価は間違ってないと思う。
ギギ・アンダルシアのファム・ファタール的演出があまりにも多く、それらの演出のほとんどが「この所作、リアリティがあって惚れてしまうだろうな」となるシーンもなく、ひたすら冗長に、虚しく空転しているのだ。
村瀬修功監督の演出は、前作「虐殺器官」を観たとおり、ものすごく「人間の所作」がリアルである。そのリアリティをこの映画に期待していたのだが、その実、あまり上手く人間というものを描けてないのである。
(その点は後の部分でも批評していきたい。)
ギギが可愛いと皆いうが、僕はその意見に賛同できない。
魅力ある女と思わせるシーンがただひたすら95分間のうちに延々と並べられていくが、圧倒的に魅力を感じない。
というか、ぶっちゃけ、魅力を感じるシーンが一つしかないのだ。
それは「やっちゃいなよ、そんな偽物」と、ギギがハサウェイとニュータイプ的にシンクロするシーンだけだ。
ここの部分の緻密な演出には、うだつが上がらないが、それ以外に「ギギに魅力を感じるシーンはどこですか」と聞かれても上記のシーンしか挙げられない。
・面白いシーケンスがハイジャックの部分しかない。だが、そこでも足りない部分がある。
身も蓋もないハナシ、この映画の凄かった点について聞かれても、これに尽きてしまう。
ハイジャックするニセマフティーの描写は極めてリアリティがあって、純粋にテロリストの恐怖を感じるシーンだ。この演出に僕はノレることができた。
上記で僕が評価した「やっちゃいなよ、そんな偽物」と言うシーンが、とてつもないシンクロナイズド感を感じてシビれる。
しかし、ここでもまた演出の失敗が目立つ。
ハサウェイがジョン・ウィックのように偽マフティーを制圧していく描写がリアルなのだが、なぜコクピットで最後の敵が一人余ってるのに四の字固めで一人を抑えてしまったのか。
そのまま骨をボキッと折って、銃で最後の一人を華麗に制圧すればいいのに、もたもたとハサウェイが四の字固めをするだけである。
そこに、ケネスがご都合主義的に登場し、最後の偽マフティーを仕留める。
四の字固めするまでのハサウェイの格闘がリアルなだけあって、ここの、ご都合主義が余りにも見え透いて過ぎるのだ。
・MS戦に巻き込まれる人間の描写とモビルスーツ描写。
モビルスーツ戦が街の中で勃発するが、「死臭」や「巨大なモビルスーツと小さな人間」を感じるシーンがない。
F91序盤のコロニー制圧シーンのような「死臭」もなく、0080のコロニーにバーニィザクが突っ込んだり、ケンプファーとアレックスの戦闘が起こったりするシーンのような巨大物とそれに畏怖するシーンが無い。
マンハンターのジェガンが現れても、「動く巨大物の恐怖」を感じることもなかった。
僕がこの目で横浜ガンダムやお台場ユニコーンを観て、「これが動いたらマジで怖えよな」と思う部分が皆無に等しい。
ただひたすら撮影効果でフレアを焚いて、美しい炎が燃え盛って、その炎をハサウェイとギギが避けてるだけにしか見えない。
確かに「虐殺器官」のようなゴアなシーンを、この映画には描かれることはマーケティングが許さないと思うが、本当に炎が花火でしかない。
MS同士の戦闘においても、30メートル級に達したモビルスーツ・ペーネロペー登場の違和感や、ポスターに描かれているクスィーガンダムが怪獣のようにファンネルミサイルをぶちかましていくシーンがない。
クスィーガンダム登場がアッサリしすぎている。これは、いかがなものか。
そしてクスィーガンダムがファンネルミサイルを初放出する時の動きにダイナミズムを感じない。
横にスーッと動きながらファンネルミサイルをピョコピョコ出してるようにしか見えない。
肝心な殺陣の部分においても、F91やGレコの、流れるような華麗さ、美しさが無いのだ。
メッサーが空中戦をするシーンも、メッサーの複雑な装甲がグニョグニョ動いて、関節が外れそうじゃないか?と見える。
お台場・横浜ガンダムを経験した我々にとって、このモビルスーツの描かれ方はどういうことだろうか。
僕は実物大ガンダムを見るたびに「これが超高速で機動したり、カミーユみたいなキチ○イに動かされてヘッドバルカン撃たれたら超怖いだろうな」と想うのだが、この映画にそれを感じることがなかった。
・ハサウェイに感じる「人間の所作」の違和感。
ハイジャック後のギギとハサウェイの会話。ハサウェイが真のマフティーだと笑い飛ばしてやり過ごせばいいものの、ハサウェイはギギの指摘を真に受けるようにその正体を匂わすように明かしてしまう。最初のクールさはどこへ?
ここに再びご都合主義的な違和感を感じた。
そして、ハサウェイがホテルで、一人涙を流すシーン。
ここに決定的な演出の空転を感じさせてしまっている。
ハサウェイは連邦政府の腐敗に涙を流している。
しかし、涙を流すに至るバックボーンがなくて、涙に共感できない。
ガウマンの尋問もダークナイトみたいにやりゃいいのに、「痛そう」と感じる部分がない。
あれだけハイジャックシーンの部分で恐怖を感じたのに。
・総論
この映画、1stや新約ゼータのようにトリロジーでやるべきなのか?
そんな不可思議さまで覚えてしまう。
上映中、僕は腕時計を何度も観た。「この映画、ダラダラいつまで続ける気なんだろう」
僕は、そう思った。
以上です。