大学のパフォーミングアーツ(身体芸術)の授業で、ちょっとしたゲームのような即興演技をやったのだけど、それがなかなか楽しかった。


まずAが立っている。そこにBがやって来て、Aに「なにしているの?」と訊く。

Aは「○○をしているの」と答え、立ち去る。

(○○に入れるのは何でもオーケー。ただし実際している動きを答えてはダメ)

Bは、Aが言った○○の動きをする。(その際言葉で○○を表現してはダメ。躊躇したり迷って流れを止めてもダメ)

そこへ今度はCが来て、Bに「なにしているの?」と訊いて…を、みんなで入れ替わり立ち替わりして繰り返していく。



A (何か動作をしている)

B 「ねえねえ、なにしているの?」

A 「火事現場を見ているの!」(立ち去る)

B (『火事現場を見ている』をジェスチャーで表現)

C 「ねえねえ、なにしているの?」

B 「ボーリングでストライク出したの!」(立ち去る)

C (『ボーリングでストライク出した』ジェスチャー)

D 「ねえねえ…


という感じで、次々と即興のジェスチャーが繰り広げられていく。


最初は「ラジオ体操」とか「風呂に入る」とか簡単なお題だったのが、ゲームが進むにつれてヒートアップ。

お題に対して、やりすぎやりすぎ!という人も続出で、授業は盛り上がった。






ゲーム開始からしばらくして、何回目かの僕の番がきた。

「なにしているの?」と僕が訊くと、前の人は「恋をしています!」とお題を言って立ち去った(!)





ま じ か よ



いやいやいやいや

恋をしているってどんな動作だ?そもそも恋をしている動s「はい、固まってるアウトー(by先生)」「…はい」






「恋をしている」ジェスチャーってかなり難しい。


今だに、どういう動きをすれば良かったのかわからない。

皆が、ああ~ってなる「恋をしている」動作って何なんだ。僕がもっとオトナになればわかるのか。



僕が恋をしているときの様子を身体で表現すれば良いのだとしたら、「自分のハーゲンダッツを相手に差し出す」程度の動作が関の山だろう。




どうやらまだオトナになれそうにない







ムラノという変態がいる




間違えた


ムラノという友人がいる



ムラノは大学の同学年の同じ学科であり、常に駄菓子や外国の謎の菓子を持ち歩き

下宿生の間で幽霊が出ると噂されているアパートに住み、興奮したりテンションが上がるとリアルに「はあはあ」と言っている人間だ。


奴と関わりを持った者はもれなく皆、「なぞのヘンタイ」という感想をムラノに対して持つ。

ムラノのヘンタイぶりは教授たちの間でも知れ渡っているという話だ。




僕は決して人づきあいが得意な方ではなく、「仲の良い友人」は少ない方だと思う。

しかし、ムラノとはどういった経緯で友人になったのかさっぱり覚えていないが、ムラノは僕の数少ない「仲の良い友人」だ。ヘンタイではあるが害はない。




そんなムラノと先日、ふたりでトマト鍋をした。場所は幽霊アパートのムラノの部屋。ちなみに幽霊にはまだ出会っていない。

僕が具材を切ったり用意している間、ムラノは脱いで置いてあった僕のカーディガンの匂いを嗅いで「いい匂いがする」と言っていた。


地獄に堕ちろと思った。




ムラノは、黙っていれば好印象を与える外見をしている。そして全然太っていないのに大食いだ。僕もよく食べるほうなので、その日はふたりで4人分の鍋を食べつくした。

マイタケ、シメジ、キャベツ、白身魚、エビ、ウインナー、つくね、もやし、中盤にチーズを突っ込んで煮て食べた。シメにはうどんとご飯を投入した。

二人ともそれまでトマト鍋というものを食べたことがなかったからなんの問題もなかった。鍋はとても美味しかった。



ふたりでトマト鍋をつつきながら、何がきっかけだったか谷崎潤一郎の『痴人の愛』について話し合った。

テレビからはリンカーンの芸人大運動会が流れていた。

結局「谷崎潤一郎はすげーマゾだ」という最初に言っていた結論を辿って終わった。

(まだ読んだことのない人はぜひ読んでいただきたい。めっちゃ面白いです。)






ムラノが行こうと言うので、来月の日曜日にふたりで植物園に行くことになった。


なんで変態とふたりで日曜日に植物園に行かなくてはいけないのだと言うと、ムラノは笑って「はあはあ」と言った。



地獄に堕ちろと思った。




幼い頃、僕はハンバーグが好きではなかった。


ハンバーグと言えば、子供の大好物ベスト10に必ず入るであろう人気料理だ。

いやベスト5でいいかもしれない。


そんな、子供はもちろん大人も大好きなハンバーグを「好きではない」とは、一体僕はどんなスレた子供だったのかと他の人に思われるかもしれない。僕だったらそう思う。



僕が大学進学で実家を出て行くまで生まれ育った故郷は、山と田んぼと畑と家しかない田舎だった。現在進行形で。

だから、高校生になって電車に乗って遊び歩くようになるまで、外食なんて年に1,2回あるかないか程度だった。家以外でハンバーグを食べたことがなかった。

だから文字どおり、僕は母の手料理ですくすく育った。今思うと毎日当然のように料理を作っていた母は偉大だ。




母の作るハンバーグは、玉ねぎとひき肉が5:5の比率で出来ていた。うそじゃない。


本当に5:5だったのかは定かでないが、少なくとも幼いころの僕は、どうしてもこれは5:5だと思っていた。あまりに玉ねぎが多かったのだ。

さらに、母の作るハンバーグは、玉ねぎを炒めずに刻んだ生のままのをひき肉とこねて焼くタイプのものだった。


21才現在の僕なら、炒めない玉ねぎたっぷりのハンバーグはそれはそれで魅力的だし、おいしくいただける自信もある。しかし当時僕は好き嫌いの多い子供で、やっぱり肉が大好きで野菜は苦手だった。



もし玉ねぎとひき肉の割合が3:7であったら、さらに事前に玉ねぎが炒めたものだったら、おそらく僕は笑顔で食べただろう。苦手な玉ねぎも肉でごまかしがきく。しかし現実は5:5だった。

3:7だったらたぶんいけたのだ。4:6でももしかしたらいけた…かもしれない。でもいつも5:5だった。そして玉ねぎは生だった。


だからごまかしはきかなかった。



僕はいつもハンバーグを半分ほどしか食べなかった。でも母は、僕がハンバーグを残すのは食が細いせいだと考えていたようだった。僕は同年代の子と比べ小柄だった。

身体が小さいからたくさん食べられないのだと思った母は、僕の好き嫌いに対してもそれほど厳しく言わなかった(実際それは半分正解で、僕はみそ汁もご飯も全体的にいつも残していた)。


何年経ってもハンバーグは、玉ねぎとひき肉が5:5だった。そして玉ねぎは生だった。





現在21才の僕は、同年代の人と比べるとだいぶ小柄だ。

それもこれも、ハンバーグをちゃんと食べなかったせいだろうか。





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悩みと言うほどでもないのですが、毎回本屋で文庫本を買う時に、迷います。
本屋で文庫本を買うと、たいてい必ず「カバーおかけしますか?」って店員さんに訊かれますよね。
僕は、周囲の人に何の本を読んでいるのか知られても気にならないタチですし、
読んでいるときにカバーが少しズレたり、すべって外れたりするのがなんとなく気になってしまうので、「カバーはいりません」と毎回答えているんです。

「店員さんの手間も省けるしね」なんて思ってたのですが、数年前から考え始めたのは、「もしかしてカバーかけてもらった方がゴミも少ないしエコなのか?」ということです。

本屋によっては違うのかもしれませんが、カバーをかけてもらうと大抵は袋に入れずそのまま手渡されます。カバーを断ると、本屋の店名が入ったビニール袋に入れて渡されます。
ビニールの袋に入れてもらうよりも、紙のカバーをかけてもらったほうがエコでゴミも少なくなるのかなと。
僕はゴミ箱の中でかさばっているビニール袋を眺めながらぼんやり考えるのです。

しかし、僕は基本的に動きやすいラフな恰好を好むので、出かける時も、財布と携帯とハンカチをズボンのポッケに突っ込むか、小さいバッグをたすき掛けみたいにして(背中にしょってるみたいなななめがけバッグ、あれなんて言うんですかね)出かけるんです。両手が空いているのがいいんで。

ただ、そうすると買った文庫本が入らない。

袋に入れてもらえば手に提げて行けるから問題ないのですが、カバーをかけてもらうと手に持たなくてはならないのでそれでは邪魔になる。しかもカバーかけてもらっても、どうせ僕はソッコーで外して捨ててしまいカバーは目的を果たさない。
うーん。

僕ひとりが本屋で文庫本を入れてもらうビニール袋を節約したところで、果たしてどれだけ環境保護につながるのかは愚問ですが
レジで「カバーおかけしましょうか?」と訊かれると、なんとなく迷ってしまうのです。



だから僕は、紙の袋に入れてくれる本屋に出くわすと、レジで悩まずに済むからほっとするのです。

紙袋だと大抵は手に提げられないタイプなのですが。

PC故障をきっかけに半年以上アメブロから遠ざかっていましたが、ふらりと復活しました。

心機一転ではないけれど、なんとなくすっきりしたくて以前ぐたぐた書いてた日記を削除。コメントくださった方には申し訳ないことしてすみません。

そして、遠ざかっていたあいだに、いつのまにか自分の庭を持ちさらには野菜や花を育てられるようになっててびっくり。

いやはや。