いよいよ明日、『東京競馬場』で、『第80回 東京優駿(日本ダービー)』が行われる。
おまけに今年は、『東京競馬場開設80年』でもある。
『競馬の祭典』と言われるほど、ホースマンにとって、特別なレースである。
『東京優駿(日本ダービー)』は、1932年(昭和7年)に『イギリスのダービーステークス』を範して創設された。
創設当初は、『東京優駿大競走』の名称であったが、その後、『東京優駿競走』、『優駿競走』という名称を経て、現在は『東京優駿』の名称となっている。
なお、『日本ダービー』は『副称』である。
第1回(1932年(昭和7年))、第2回(1933年(昭和8年))は、『目黒競馬場』の芝2400㍍で行われたが、第3回(1934年(昭和9年))から現在の『東京競馬場』の芝2400㍍で行われている。
『東京優駿(日本ダービー)』は、『東京競馬場』の芝2400㍍になってから、現在まで1度も条件が変更されたことがない。
また、競馬場のスタンド等改修工事を行う際、他の競馬場での代替開催を行うのが通常であるが、『東京優駿(日本ダービー)』に関しては、『東京競馬場』のスタンド等改修工事があった際も、『東京優駿(日本ダービー)』の開催を変更しない日程で改修工事が行われており、他の競馬場での代替開催は行われていない。
これは『東京優駿(日本ダービー)』の威厳を守るためのものであろう。
ただし、1945年(昭和20年)及び1946年(昭和21年)は、大東亜戦争及び終戦におけるアメリカ進駐軍の競馬場の占領により開催中止となっている。
『牡馬クラシック三冠競走』として、
『皐月賞』は、『最も速い馬が勝つ』
『菊花賞』は、『最も強い馬が勝つ』
そして、『東京優駿(日本ダービー)』は、『最も幸運な馬が勝つ』
と言われている。
アクシデントで優勝できなかったり、出走を断念せざるを得ない事態見舞われる例があるからだ。
『東京優駿(日本ダービー)』は、1年で最も盛り上がるレースであり、『ダービーからダービーへ』という言葉があるくらい、『東京優駿(日本ダービー)』中心で回っている。
10年後には『第90回』、20年後には『第100回』を迎える『東京優駿(日本ダービー)』。
これからも多くの名馬が誕生し、そして歴史に名を刻むレースを期待している。