カムカムエヴリバディ 第20週『1993‐1994』
ひなたやるいが”過去”に触れる週。8月15日の奇跡。
93話は錠一郎のトランペッター時代の話から始まりました。錠一郎は、桃太郎が生まれるまではずっと治療法を探していたようです。いいお父ちゃんとして生きられたらそれでいいと吹っ切れて、治療法を探すのをやめたよう。
両親の過去を知り、桃太郎はあかにしに謝りに行くことを決断できました。
クリスマスに算太が大月に現れました。2つの通帳を持って。1つはたちばな再建の資金になる予定だったもの、1つはるいのためにコツコツ貯めたもの(ひなたに大月まで案内された日から)。るいは子供たちに”親戚”の存在自体を隠していたようです。いろいろ聞かれないようになんですかね。
算太は12月25日の夜に死去。病院から抜け出していたよう。いつ死んでもおかしくない状態だったようです。最後は商店街でダンスで注目を集めて逝きました。
錠一郎が岡山に行こうと言ったことで家族で雉真繊維へ。勇と雪衣が住んでいました。雪衣は算太の失踪に責任を感じていたよう。
お母さんはほんとに伯父さんを探すためだけに大阪に行ったのかと聞くるいの言葉には根深いものがあるなと思いました。
遺影のくだり。心に来るものがありましたね。
8月15日の正午のサイレンが、ひなたを”英語会話”の講師・平川に会わせ、るいを父の稔に会わせました。桃太郎のシーンを見る限りでは、正午のサイレンが鳴ってから鳴り終わるまでの短い間の出来事。
ディッパーマウスブルースは定一の息子の健一が同名の店を経営していました。そこで、算太と健一が同じ小学校に通っていたことが判明。2学年差。
正午のサイレンが鳴り終わった後の平川のラジオのしゃべりが流れた辺りでぐっときましたね。るいは母を探しにアメリカに行くことを決断しました。