カムカムエヴリバディ 第14週『1965‐1976』
『On the Sunny Side of the Street』を口ずさみながら2人は、娘の名前をひなたに決めました。
数年後、ひなたは錠一郎の影響で時代劇好きに。終戦30年の年ということで、1975年ですね。ひなたは小学4年生の10歳。一子の娘・一恵が親友。
ひなたが卵焼きにしょうゆかけてましたが、そこはケチャップじゃないんだと思いました(笑)。
夕立で雨宿りしてる小夜子を見かけ傘を貸してあげたひなた。それがきっかけで小夜子とも仲良くなったようです。
夏休みの宿題を最後までやらず追い詰められてるひなた。解いてた問題見ると、正解はしていたので頭が悪いわけではなさそうでしたね。
65話で錠一郎は子供たちの野球を見ながら曲を作っていました。音楽自体は続けているようです。
るいは第二子を妊娠。それがきっかけで、ひなたは姉としての自覚を持ち自分でコツコツおこずかいを稼ぐように。廃品回収でためたお金でモモケンのサイン会に。
『およげたいやきくん』でたい焼きブームが起き、回転焼きの売り上げが激減。保守的な京都でもたい焼きブームは起きたようです。回転焼きとたい焼きの両方食べたい派はいなかったんですかね?
るいが店を広げないのは安子との生活で手を広げて安子が倒れた時を思い出すからみたいですね。
1976年正月。お年玉を期待するひなた。岩倉具視とひなたが言ってましたが、岩倉具視は500円札だったみたいです。
サイン会の帰り、ひなたは外国人に初恋をし、英語教室の資金をためようと奮闘。福引で当たった古いラジオで、証城寺の歌を聞き、新聞のラジオ欄を見たるいは英語会話がまだ続いてることを知りました。
ひなたも英語会話を聴くんですかね。