Cloud.A勉強会「学校制度は本当に必要か?」 | 真実一路を悠々と

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今日は、慶應大学2年の高野さんという方が主催するCloud.Aという勉強会に参加してきました!


勉強会の内容は、イヴァン・イリッチの「脱学校の社会」というテキストを使って、

「学校制度は本当に必要なのか」を考えていこう!というもの。



Twitterでこういった勉強会が行われていることを知ったのですが、21世紀における学校の意義を根本から問うていきたいと考える自分にとっては、どんぴしゃりなテーマだったので、全く見知らぬ人たちの中に飛び込むことに不安を感じながらも思い切って参加することにしました!




脱学校の社会 (現代社会科学叢書)/イヴァン・イリイチ
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このテキストは難解な文章で書かれてて、理解しきれてない部分も多いのですが、

その中でも興味深かったのが、“学校化”という概念。



それを自分なりの解釈で説明すると、


学校化とは、制度と価値が必然的に結びつけられたものとして捉えられること。


例えば、

進級する=能力が向上したと捉えられたり、


教授が行われる=学習者の学習が促進されていると捉えられたり、


高い学歴を持っている=頭がいい、優秀であると捉えられたり、



実際には、進級したからといって必ずしも能力が向上したと言えるわけではないかもしれないし、

大学の先生が学生に教授したからといって、学生の学習が促進しているとは限らないし、

高学歴だからといって、優秀であるとは限らない(何を持って優秀と考えるかは議論の必要があるところ)


にもかかわらず、それを無批判に=で結びついたものとして捉えられてしまうこと

が“学校化”というもので、


それが社会全体に蔓延しており、それがあらゆる弊害をもたらしているのではないかということが著者のイリッチの問題意識だったと思います。




この“学校化”というものについては、自分も以前から考えていて違和感を持っていたところでもあって、


例えば、

「就職浪人」について言うと、


就職浪人というのは、新卒である方が就職に有利であるため、学校を卒業せずに意図的に留年して新卒条件を保つというようなもので、


新卒=就職に有利 という前提の下選択されるものだと思うのですが、


自分個人としては、かなり違和感のあるところがあって、


別に、就職できなかったからといって、

就職浪人をして大学にとどまろうが、

それをせず、そのまま大学を卒業しようが、


その人自身にだけ着目すると、なんら違いはない(就職浪人をしたからといって大学で勉強をするわけではないだろうから、そのまま大学を卒業した状態とそんなり変わりはない)


にも関わらず、実際どれほどのものなのかはわかりませんが、

前者の就職浪人をした人の方が、就職活動において優遇されるという現実があるとしたら、



やはりそれは実態とかけ離れたものであると考えるため、

おかしいというか、

もったいないというか、


自分としては違和感を感じるところで、


制度=価値とする考え方は自分は捨てていきたいなあと思うところでした。








勉強会自体は、すっごく新鮮で楽しかったです!


自分自身、自分の中にある考えを整理して、人に伝わる形で表現するということが得意でないので、


こういった議論の場を数多く体験していくことでもっともっと自分の“観”もそうだし、アウトプット力も磨いていけたらなあと思いました☆