日常は平穏に過ぎていくように見えます。
ここ数ヶ月のブログを読み返していて印象がそれ。

と、いうのも、まだまだわたしの中から「嘔吐依存」が出ていかないのを書く機会が無かったなぁとふと思ったので……そのことについて書きます。(不快な表現がございます。ご注意ください)

そもそも「嘔吐依存」は昔かかっていた摂食障害外来の先生に言われた言葉で、嘔吐した直後のスッとした感覚を脳が気持ちいいと錯覚して依存してしまっている、とのことでした。

もちろん吐くのは辛いです。胃がひっくり返るような痛みもあるし、喉を逆流してくる吐瀉物のずるずるとした感覚もゾワっとする。でも喉の奥から吐きだした瞬間、あるいは胃が空になったのを自覚した瞬間、爽快な気持ちがよぎります。

つかの間のふわふわとした快楽ののち、胃酸の噴出で更に気持ち悪くなったり、嘔吐で疲労してめまいや貧血を起こして倒れることもしばしばありました。ですが、瞬間のときめきに取り憑かれてしまったのが私にとっての人生の分岐点だったのだと思います。

以前はそれが生活を圧迫するほどに依存が重度で、24時間そのことしか考えられませんでした。

今のわたしにとっては「最終手段」です。

例えばスノボ。運動ができた!
例えば仕事。お金が稼げる!
例えば創作。楽しい!

そういったことを時間と引き換えにできるようになった今、そこまで嘔吐に固執することもなくなったのですが……

どうしても人に相談しづらい悩みや、鬱屈とした感情に支配された時、わたしを助けてくれるのは自己誘発嘔吐だけです。それはまだ揺るぎない事実で、お医者さんにはどうにでもできないだろうなぁ…といまだに思っています。

フィジカルが弱いので、調子が悪くて普通に(?)吐き気で具合悪くなることもあるのですが、それは性質が全く違うのは自覚しています。

ファッション嘔吐、とでも言えばいいのかな。嘔吐自体は人に見せるものではないけれど、嘔吐癖があることは勿論命を削っているのと同義だし、きっと長生きもできない。それは身近な人にはわかってもらいたい。わがままです。

それでも美や健康への執着があるから足掻いているのだと思います。

以上。まだまだ、終われない。