思えば海外への憧れは医学科4回生の頃からあった。将来のキャリアを考えてとかではなく、異国の地で、違う言語を使ってコミュニケーションが取れた時の高揚感が心地よく、いつかは行ってみたいと漠然と考えていた。
しかし学生の頃は、「在学中にUSMLE STEP1をとって、研修先は外国との結びつきもある研修先にして。。。」などという意識高い系ではなく、部活動に明け暮れる毎日だった。基本的にあらゆる試験の再試をうけていたと記憶している。恐らく倍はテストをうけたのではないだろうか。サボっていた時もあるが、往々にして自分ではそれなりに準備をしていたつもりだったので、本当に出来が悪かったのだと思う。
具体的に海外留学を意識したのは、2014年大学院2年目、ようやくベッドフリーになり本格的に研究を始めた頃である。ワシントンで開かれた Neuroscience Meeting に発表させてもらえる機会を得た。初めての海外発表だと喜んだのも束の間、当時の指導教官から少しうかれていることを見透かされ、遊びに行くつもりなのか!とキツイおしかりを受けた。ただ発表するだけでなく、海外研究室を見学してくるようにと言われ、しぶしぶ内耳といえばNIDCDかと安易に考え、ラボ訪問先を探すことになった。
上司の伝手をたどって、3か所程ラボ見学をさせてもらえることになった。当時は簡単な英文メールを書くことすらも1時間以上かけて、ドキドキしながら返事をまったものである。幸い1か所からはすぐに快い返事を頂き、すごく嬉しかったことを覚えている。「セミナーをする気はあるか?」と言われたが、恥かしながら当時はセミナーの意味すらよく分かっていなかった。
厳重なNIHのセキュリティゲートをくぐると、広大な敷地に沢山のビルが立ち並び、いざたてものに入ると、先進的で、いくつもの内耳研究ラボがあり、またすごい数の実験ベンチがならんでいた。とにかく圧倒された。拙い英語にもかかわらず、学会発表の内容を真剣に何度も聞いてくれるPIにも感銘をうけた。必死に1時間程度、マンツーマンでプレゼンした後、帰り際の電車の中で、学生の頃に感じた懐かしい高揚感を得ることができた。この時に、この地でサイエンスを楽しみたいと心から思った。これが私に留学を決心させた出来事である。