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洋楽・散歩

1950年代の軽音楽・映画が大好きで
以前は「洋楽三昧」というタイトルをつけていたのですが
最近はお気軽散歩がメインになっています

この季節になると 毎年想い出す曲があります

 


“テキサス”ビル・ストレングスの♪「北風」というカントリー・ソング…

♪「 North Wind (1956)」:Texas Bill Strenght

 

 



50年代の後半 日本でもカントリーブームが起こり
日本人のカントリー・シンガーも大抵 この歌を歌ったはずです
もっとも 当時はカントリーなどとは言わず “ウエスタン”でしたが…

小坂一也でも聞き覚えがありますが
60年代には 北原謙二もこの曲を歌って 随分流行りましたから
この曲を知っている方も多いと思います

私は レコードで飽きるほど聴いたせいか 
裏面の♪「But do you think I'm happy」のほうがお気に入りになったものです
アップテンポのロカビリーでしたから ノリノリで聴いた覚えがあります


数少ない手持ちのドーナツ盤の中で 同じ頃手に入れたレコードが
ハンク・ウイリアムスの♪「ジャンバラヤ」と♪「カウライジャ」のカップリングです

 



♪「Jambalaya 」:Hank Williams

 

 


一番のお気に入り ホンキートンクの作詞作曲家・歌手で
失恋の歌が得意なはずですが これらの曲は比較的陽気な雰囲気が漂っています


高校時代に こんなドーナツ盤を買っていたのだと気がついたのは
かなり後年になってからでした

我家に 「ジョニ・ジェームス~ハンク・ウィリアムスを歌う」
というLPレコードがあり 彼の歌はこのレコードで丸暗記したものです

家族全員が 映画や音楽好き ということもあって
当時としては珍しく 応接間はステレオ装置付きで 沢山のレコードがありました

後に その全てを失ったのですから 
今更レコード集めをする気など起こらないのも当然というものです

♪「 Cold, Cold Heart (1959)」:Joni James

 

 


エルヴィス・プレスリーのレコードは LP EP含め 沢山揃えていて 
長い間 東京のアパートで保管しておいたのですが
甥っ子が訪ねてきて 彼の大ファンだというので 全てあげてしまい
現在 手元には1枚も残っていません…仕方なくCDを何枚か買いましたが~


私生活が大変だった時期に 大学時代の先輩が
“歌でも歌って 気晴らしをしないとダメだぞ!”と励ましてくれたのですが
当時彼がやっていた社内の音楽バンドでヴォーカリストがいないというので
私が誘われることになりました

素人なので 人前で歌うことに かなりの抵抗がありましたが
いざやってみると 何とも気分の良いもので しばらくの間 
そのグループと一緒に 色んな場所でカントリーソングを歌いました


子供の頃から運動好きで 外で遊んだり テニスをする毎日でしたが
我家には 早くからウクレレやギターが置いてありました

楽器店の人に ギターの5フレットにカポタストを付けると 
4弦は ウクレレと同じチューニングになるという話を聞いていたので
ウクレレ同様 抵抗無くギターに接することができました


ニューオリンズ&ディキシー音楽が好きで バンジョーの音色に憧れていましたが
エディ・コンドンのバンジョーを聴いて どうしても欲しくなり
親に再三お願いして 田舎の楽器店で唯一店内に鎮座していた 
テナー・バンジョーを買ってもらいました

60年代に流行りだしたフォーク・ソングでは5弦バンジョーが活躍しましたが
テナー・バンジョーは4弦で コードプレイが主でしたから 
教本どおりにコードを押さえることがとても難しい楽器でした

適当にコードを飛ばし ハミングしながら
♪「世界は日の出を待っている」を弾けた時は 何ともいえない充実感がありました


1964年の春 東京の日比谷公会堂にエディ・コンドン・オールスターズが来日した際
大喜びして彼女と出かけたのですが
エディ・コンドンがバンジョーではなくギターを弾いている姿を見て
大いに落胆したものです

バンジョーはギターに比べて 表現力に限界があるため 廃れていったのでしょうが
ライブでは確認できなかったものの コンドンのギターは4弦だったはずです


バンドでは ヴォーカルとギター担当でしたが 
レパートリーが結構沢山あったので メンバーの要求に困ることはありませんでした

スティールギターを弾いていた女性が キティ・ウェルズの大ファンだと聞いて
手持ちのLPレコードをプレゼントし 大いに感激されたものです

宝物のバンジョーでしたが これも社会人になってから
テニス部時代の先輩にプレゼントしてしまいました

家を失ってから 物欲が薄れてしまったようで その癖は未だに治りません


素人バンドでの芸名は 「ジミー・なかちゃん」…ジミー・ロジャースの真似です
同じジミーという名前で ジミー・時田がいましたが…

日本のカントリー・シンガーで 最も身近な存在だったのは 小坂一也でした
彼が紅白歌合戦で
♪「ハートブレイク・ホテル」や♪「「青春サイクリング」を歌ったことを憶えています

プレスリーのロカビリーをすぐに取り入れた点でも印象に残っていますが
後に俳優としてテレビに出演したり 十朱幸代とのエピソードがありましたから
小坂一也をご存知の方も多いことでしょう

ロカビリーは 
白人音楽の“ヒルビリー”と黒人が歌った“ロックンロール”の融合だと思いますが
黒人蔑視の意味合いがあったせいか いつしか“ロックンロール”に統一されたようです

私は 日本人の歌うカントリーやロカビリーが苦手でした

英語と日本語がごっちゃになっている歌詞が嫌だったせいもありますが
50年代から アメリカ人の歌うカントリーソングに親しんでいたので
所詮偽者…という感覚を抱いていたのでしょう

ただ ジミー・時田だけは 独特な風貌と確かな歌唱力で気に入っていました
他の歌手と違って 英語の発音もアメリカ人に負けていない という印象でした
正統派カントリー・シンガーとして 私が好きなただ一人の日本人歌手です

♪「ア・フール・サッチ・アズ・アイ」:ジミー時田

 

 


この曲は エルヴィス・プレスリーの歌でヒットしましたが 
やはり ハンク・スノウが歌うと 曲のイメージが素直に伝わります
私の持ち歌の中でも 最も得意としていただけに 愛着もひとしおです

仲間内から“なかちゃんは ハンク・スノウの声にそっくりだ”と言われて 
その気になったものですが この映像を観て 
“歌唱力では彼にチョッと負けているな”などと勝手な解釈をしています

今更 競って歌うことなどないので 大法螺を吹いても大丈夫でしょう… ;(^.^);


ハンク・スノウの来日公演を 新宿厚生年金会館で見ましたが
歌っている最中に 彼の腕時計が“ジージー”と鳴り出して 
苦笑いをしながら 歌を中断したことを 今でも鮮明に憶えています

当然彼女を同伴したのですが 
当初 カントリー・ミュージックを軽薄な音楽だ と思っていたようです

お兄さんがモダンジャズ・ファンということもあったのでしょうが
大学の校内で カントリーを歌う学生の姿でも見たことがあるのかもしれません

ジミー時田も寺本圭一も 青山学院大学出身でしたから 
きっと学内でもカントリー音楽が盛んだったに違いありません

私のように 年中テニスコートを駆けずり回っていた人間には 解りませんが…

ハンク・スノウの歌う姿を目の当たりにして 彼女の音楽観も変わったようですが
その何ヵ月後に 彼女と別れることになるのですから 何とも皮肉な話です


もっとも それから10年以上経って 
偶然にも 一回り以上違う 同じ青学出身の女性と結婚したのですから
これも 運命のいたずらなのかな 等と漠然と考えています


気分転換に 明るい曲でも…と言っても これはかなり個性的なアレンジです

♪「You Are My Sunshine」:Ray Charles

 

 


編曲やレイ・チャールズの歌は 勿論素晴らしいのですが
バックコーラスのマージー・ヘンドリックスのソロも何とも魅力的です

アマチュアバンドでは この曲をラストナンバーに選んだのですが
大抵の人が歌詞を知っていて 最後は全員のコーラスになったことが何度もあります



渋谷の「タワーレコード店」の入口の壁に
 『 NO MUSIC,NO LIFE  』という大きな文字が書かれています

そこまでオーバーではないとしても 
私の人生の節々で 音楽が大きく関わってきたことだけは間違いなさそうです