誰でも、人それぞれ、その時々で壁がある。
全てがわかりやすい壁では無く、ぶつかっている事にすら気が付かない、表面化しない壁がある。得てしてそれは、第3者には良く見えている。
「変わらなきゃ」とは誰でも思う。「成長したい」と普通は思う。
「壁を乗り越えなくては」と見えているものに対しては、素直に思う。
しかしながら「見えていない壁」に対しては、誰しも鈍感である。当然と言えば、当然ではあるが、実感がないものに対しては、目を向けないものである。
そこで考えてみた。良く問題点を改善出来ずに悩む事がある。
目に見えている問題点は、すでに改善できるものである。
もし改善出来ない、改善の仕方がわからないのであれば、問題の本質は今、目に見えているものではないのではないだろうか?と疑いを持つ必要がある。
現状起きている問題・課題の発端は、全く関係の無い、思考、経験、周囲の環境などに帰属している可能性は無いのか?様々な角度から検証してみる必要がある。問題が起きている以上、原因は必ずあるはず。
「自分を熟考する」というのはここにあると思う。
そう考えると自分の全てをあらゆる角度から検証してみると答えが出るかも知れない。逆に言えば、自分の全ては自分しか検証出来ない。
常に自分を熟考していく事が出来れば、少なくてもわからなくなる事は無い。
熟考した結果、見出した答えが、一人で解決不可能なものならば、周りに協力を願い出れば良い。そういう環境にいるのだから。幸せなのだから。
自分の熟考すらしないで、「成長したい!」という戯言である。