娘は学習塾にはよく通った。おかげで?成績もぼちぼち上がってきた。今時の受験のシステムもだんだん私もわかるようになってきた。私はこうなる前まで全く子育てに関与していなかった。亡くなった妻からはよく近所のおじちゃんと嫌味を言われていた。夏期講習、冬季講習、夏合宿、正月合宿とお金がたくさん飛んで行った。長期休暇は大変だった。学校は給食だったが夏休み冬休みは当然お昼ご飯がない。塾が朝からあるからお弁当が必要だった。特に夏は一大事だった。そもそも料理がまだ満足にできない私にお弁当はハードルが高かった。塾には毎日行くが毎日さすがにコンビニ弁当というわけにはいかないので週4は弁当を作った。とりあえず朝5時半に起きて弁当を作った。今の冷凍食品の品揃えの多さと美味しさ技術の高さには頭が下がる。初期の弁当はご飯と茶色しかなく全く彩りがなかった。よく娘から文句を言われた。毎日コンビニがいいと!。そりゃそうだ。この頃の弁当は今思えばコンビニ弁当と何ら変わらずむしろ弁当箱も保温機能ついてないのでとても不味かったと思う。

だけどこの時の経験が約1年半たった今はとても役に立っている。今は無事娘は高校生になった。現状を少し話すと娘はそこそこ頑張って私立にはなってしまったが進学の特進クラスで特待生なので授業料がほぼかからない。学食は学校にある。ただ私立なのでスポーツクラスもある。入学式の時見たがうちの娘とは骨格が違う。うちの娘はチビだ。さらに教室が学食から1番遠い。食堂に行こうともスポーツクラスの子たちの圧力に負け場所も遠いたま昼休み中に食べれない。なので今は毎日弁当だ。来る日もある日も弁当だ。ただ私の弁当スキルも成長した。日曜に日持ちするもの一・二品作り、手作りも盛り込み、だいたい弁当作りからの朝ごはんの用意まで途中洗濯機のスイッチおし40分くらいではできるようになった。彩もご飯に茶色に緑にオレンジ色などかなりカラフルになった。朝起きる時間は変わらず5時半だが弁当作りはそこまで苦にならなくなった。だんだん娘も弁当の味で文句を行ってこなくなったが入れるおかずの内容に文句、要望を言ってくるようになったのですこーし嬉しい気分ではある。振り返ってみるとやはり弁当作りなれるまではきつかった。気合いと根性だった。





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