2人の生活が始まり段々と娘の事がわかってきた。中学校では生徒会副会長、学級委員、体育祭副実行委員、文化祭実行委員長、その他何かして、テニス部に所属していた。なぜこんなにやってるのか意味がわからない。そういえば中2の時市のイベントで市長の前でスピーチして市報に顔写真付きで載っていた。学校の先生からは毎週金曜の夕方今週の様子を電話連絡もらっていた。学校行事で娘が前で全校生徒の前で喋ったり、整列の指示をしているのは親として誇らしかった。
妻が亡くなっているのを発見した第一発見者は娘だ。一年半たっても妻が最後どうだったか聞けてない。10年後くらいには聞けるかと思っている。目の前で親が朝起きたら死んでいたので心の苦しみは相当なものだと思う。大人の私でもきつい、いまだにきついので娘の事は心配だった。
学校の先生からは授業態度は真面目、いろいろな役職こなし特に変わった様子はないがやはり時折寂しそうな顔はするとの事。担任の先生(女性20代半ば)に話しかけてくる回数が以前より増えたとの事。男親にはどうしてあげる事もできない。抱きしめてあげる事もできない。触ろうものなら「きしょい〜」と言われるのが落ちだ。無力だ、家のリビングにいる時空気のように一緒にいてやる事しかできなかった。学校の事はよくわからないので教えて〜と何度か話していたら学校の事、友達の事を食事中よく話してはくれた。学校は大好きなようで毎日行くのが楽しみなようだ。そこは安心したが、やはり寂しさを紛らわすために自分を忙しくしているようだった。最終的に私ができた事は高校に入学するまで家で夜1人にはさせないように可能な限り自分の事は色々諦め空気のように一緒にいる努力をした。