子どもの受験就活資格試験受験などの際
親ができるのは
選択肢を示すこと
金を出すこと
そして祈ること
のみと思っていたので、いろんなことに願掛けしましたが、やったのは3つ
①心の中でご先祖様(祖父祖母叔父わかるだけ)ひとりひとりのフルネームを言いながら感謝しつつ
「ご加護をお願いします」と祈る
その時単に「合格しますように」じゃなくて、例えば
「〇〇の仕事をしたいので〇月〇日の××試験に合格できるようお導き下さい。」
と具体的に、いつもは修行になぞらえて職場の掃除をしながら祈っていました
②湯島天神にお参り絵馬奉納
お守りとお参りはここだけ
合格したい試験もできるだけ具体的に書いたり祈ったり
③般若心経写経
大事な日の前に写経しつつ余白に志望を具体的に書く
「○年〇月〇日◯◯大学××学部△△学科##試験合格」とか
合格発表まで保管して、結果が出たら細かくちぎって処分しました
つまりまぁ結局はご先祖様神様仏様頼みなんですがね
試験当日に旅行先の天神様にお参りに行ったけど不合格だったことがあり、それ以来節操なくあちこちお参りするのは止めました



先日息子の大学受験が終わった友人と
お花見ついでに古いお札を納めてきました
そしたらバッグから出るわ出るわ
次から次と出てくるお札の数ったら!
あちこちからもらったものもあったみたいだけど
御朱印集めにしても
パワースポット巡りにしても
何かしら(漠然とした)ご利益を
節操なくあちこちに求めるばかりなんて
不義理だし強欲だな~って
正直言うと思っちゃってます
自分に合うパワースポットを見つけて
ここ良い!
って思いたいみたいです
これ以上パワーつけてどうすんだ?
次に行きたいのは熊野古道だというので
行って何するの?
って聞いたらほぼトレッキングとのこと
修行のつもりなのかしら?
そうかと思うと集めた御朱印帳
もう集めるの止めたからどうやって処分しようかな~
なんて言ってる人もいて
逆にじゃあなぜ集めた?って聞きたくなったり
(聞きませんよ。身もふたもないので)
私の場合、
あちこちの寺社仏閣へ行ってもご挨拶するだけです
「こんにちは〇〇から来た××です」って
ただ参拝とは別に
歴史や建築、美術、文化的な興味でもって
行きたいところはあります
比叡山延暦寺と永平寺それと法隆寺
出雲大社ももう一度行きたい
お社や本堂の造りとか仏像とか成り立ちとか
私の興味はどちらかというとそっちなんですよね
行く前にかなり事前学習してから訪れます
なので今年行きたい長崎でも教会は訪れてみたいです
関東にも教会はありますが
歴史が違うからきっと独特ですよね
まとまりがなくなりました
お祈りするにしても
できるだけ具体的に
どういう結果になりたいのか
それに対してお力添えください
的なスタンスでお祈りすると伝わると思います
結果はどうあれそれが最良だと信じて
いや、ゼロ感なんでまったくあてになりませんけど