こんにちは!
このお話は、あるコンクールのために書いたお話です。
少し長いですが、もし良かったら、読んでください。
ある月の夜のできごと
森の近くの小さな家に、おばあさんが一人で住んでいます。
そのおばあさんはいじわるな人なので、訪ねて来る人はめったにありません。手紙が届くこともめったにありません。もちろん、おばあさんの方から訪ねていく人も手紙を出す人も、めったにありません。
家の前をとおる人々は、おばあさんがいても、あいさつをしてくれません。嫌われ者のおばあさんの家は、花も咲かずにひっそりとしています。
時々、おばあさんはつぶやきます。
「どうして私はひとりぼっちなのかしら。」
自分がいじわるだということを知らないおばあさんは、いつまでたっても理由が分かりません。
「私は優しい人間なのに。」
と、ため息をつくばかりです。
そんなおばあさんがある日、森の中で道に迷ってしまいました。
その日はとても天気の良い日でした。そんな日は、森の中の湖がきらきらと輝いてきれいでしょう。だからおばあさんは、なんとなく、湖を見に行きたくなったのです。
湖までは、ちゃんと行けました。お日さまの光を浴びてきらきら輝く湖を、眺めることができました。
でも、そのあとがいけなかったのです。なんとなく、そのまま帰るのはおしいような気がして、あっちに行ったりこっちに行ったりと、寄り道をしてしまったのです。もう今では、自分がどこにいるのか分からなくなってしまっていました。
出かけるとき頭の上で輝いていたお日さまはもう、山の向こうに隠れてしまっています。右を見ても左を見ても見たことのない真っ暗な道で、おばあさんは途方に暮れてしまいました。
「おーい、誰かおらんかねえ。」
そう叫んでも、返事をしてくれる人は誰もいません。
歩き続けて疲れてしまったおばあさんは、とうとう、しゃがみこんでしまいました。寒くて体がふるえます。
「もう家には帰れないかもしれない。」
おばあさんは、ちょうどそばにあった切り株に体をあずけ、目をつぶりました。すると、今日までの日々が、あれこれと思い浮かんできました。
「そう言えば、あの人はどうなっただろう。突然訪ねてこなくなったけれど。」
「あの子は元気かしら?ひどく悲しいような顔をしていたけれど。」
「そう言えばあの人は。ずいぶんと親切にしてあげたはずなのに、あいさつをしてくれなくなったけれど。」
思い浮かぶのは怒った顔だったり悲しそうな顔だったり。
おばあさんは思い出すのが辛くなって、ため息をつきました。
「いつも私はひとりぼっち。この歳になってもひとりぼっち。何がいけなかったのか分からないけれど。」
ふと空を見上げると、まんまるなお月さまが輝いています。
「お日さまのようにとまでは願わないけれど、お月さまのような明るさの人生を送りたかった。」
おばあさんは、深く深くため息をつきました。
その時。
ころころころ。
おばあさんのすぐそばで、何か物が転がる音がしました。
「なんの音かしら。」
振り返ると、切り株の上に真っ赤な木の実が五つ置いてありました。
「おや?木の実なんて、あったかしら。」
首をかしげていると、
ころころころ。
また音がしました。
見まわしてみると、今度は切り株の下に三つの黄色い木の実が。
「まあ!」
びっくりしていると、
ふわっ。
おばあさんの腕に、なにか柔らかくて暖かいものが当たりました。見てみると、真っ白なウサギが。
「まあ!まあ!」
おばあさんが、
「まあ!」
と言うたびに、リスやキツネやタヌキが順番に現れて、くっついてきます。そして、くっついたまま離れません。
動物たちのぬくもりで、おばあさんの体は、ぽかぽかと暖かくなってきました。
しばらくすると、ウサギが、木の実をおばあさんの口元に持ってきました。
食べなさい、と言っているようです。
ぱくり。
おばあさんの口の中で、あまずっぱい木の実が広がります。おかげで、少しお腹がふくれました。
「みんな、どうもありがとう。」
おばあさんは、動物たちの頭や背中を優しくなでました。なでられた動物たちは、気持ちよさそうに目をつぶっています。
「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
そう聞いてみたけれど、動物たちは何も言いません。ただただ、おばあさんにくっついています。
「そういえば。」
おばあさんは思い出しました。
三週間ほど前、おばあさんの家のすぐそばで、腕から血を流してうずくまっているウサギがいました。かわいそうに思ったおばあさんは、薬をぬって包帯を巻いて、それから暖かなスープを食べさせてあげたのです。
月明りでウサギを見てみると、腕に小さな傷が残っています。
この真っ白なウサギは、その時のウサギだったのです。
「ウサギさん、私のことを覚えていてくれたのね。ありがとう。」
おばあさんは、ウサギを抱きしめて目をつぶりました。
そして、さっき頭に浮かんだ人たちの顔を、改めて思い浮かべました。それからつぶやきました。
「あの人たちに、私はなにか、ひどいことをしてしまっていたのかもしれない。」
その時、
ふわっ。
おばあさんの体が持ち上げられました。
おどろいて見てみると、いつの間にか来ていたクマが、おばあさんを抱っこしていたのです。
おばあさんはびっくりして、声も出ません。体をかたくして、ちぢこまってしまいました。そんなことにおかまいなく、クマはおばあさんを優しく抱っこしなおすと、歩き始めました。
どっしどっしどっし。
クマの腕の中で下を見ると、ウサギたちがついて来ています。安心したおばあさんは、いつの間にか眠ってしまいました。
それからどれくらいたったでしょうか?
目を覚ますと、おばあさんは自分の家の扉のそばに、横になっていました。お日さまが、おばあさんの頭の上で輝いています。
おばあさんは慌てて立ち上がって周りを見回しました。でも、動物たちはどこにもいません。家も、いつもと変わらずひっそりとしています。まるで昨日のできごとは、うそだったかのようです。おばあさんは、首をかしげてつぶやきました。
「本当にあったことかしら。」
もしかしたら昨日のできごとは、お月さまが見せてくれた幸せな夢だったのかもしれません。
しばらく考えていたおばあさんは、頭をふって、空を見上げました。そして、にっこりと笑って言ったのです。
「いいえ、あれは本当のできごとだったわ。」
その日を境に、おばあさんは少しずつ変わっていきました。
家の庭に花を植えました。そしてそのそばには小さなテーブルと椅子を置き、動物たちがいつ遊びに来てもいいようにしました。
それから、道行く人にあいさつをするようにしました。さびしそうな顔をするのはやめて、なるべく笑うようにしました。話しかけてくれる人には、心をこめて返事をするようにしました。
気持ちが伝わったのでしょうか?
いつしか、おばあさんを見つめるみんなの目も、温かくなってきました。
訪ねて来る人が増えて、手紙もよく届くようになりました。もちろん、おばあさんからも訪ねていくし、手紙を出します。
残念ながら、動物が訪ねてきたことは、まだ一度もありません。
おばあさんは時々、
「あの月の夜のできごとは、やっぱり夢だったのかしら。」
と首をかしげます。
それでもいいのです。
ひとりぼっちで寂しかった日々は、もう遠い昔のこと。
今、おばあさんの家は、笑い声の絶えない、花盛りの家になっています。