にこにこ
いっぽんのさくらのきがたっています。
さむいさむいふゆのあいだ、つぼみたちはけんかをしていました。
「ぼくがきれいなはなをさかせるんだ。」
「いいえ、わたしよ。」
「ちがうよ、ぼくだよ。」
みんな、じぶんだけがきれいなはなをさかせたいとおもっているのです。
だから、じぶんだけがみずをのみたいとおもいます。
じぶんだけがおひさまをあびたいとおもいます。
「ぼくのおひさまとらないで!」
「わたしがおみずをのみたいの!」
まいにちまいにちけんかです。
ぼくだけが、わたしだけが、
「きれいなおはなになるの!」
すこしあたたかくなってきました。
おひさまはきらきらかがやいています。
つぼみたちもすこしづつおおきくなってきました。
はるはもうめのまえです。
でもあいかわらず、つぼみたちはけんかをしていました。
「ぼくがきれいなはなになるんだ。」
「いいえ、わたしよ。」
「ちがうよ、ぼくだよ。」
まいにちまいにち、ぎゃーすかぎゃーすか。
そんなあるひ、おじいさんがひとり、さくらをみにきました。
「ほーう、もうすぐさくのう。たのしみじゃのう。」
おじいさんはにっこりわらって、ゆっくりゆっくりかえっていきました。
つぼみたちは、
「わたしをみてたのよ。」
「ちがうよ、ぼくをみてたんだよ。」
やっぱりけんかしていました。
つぎのひ、きのうのおじいさんが、ちいさなおとこのこをつれてやってきました。
ふたりはにこにこにこにこさくらのきをみつめます。
そして、
「たのしみじゃのう。」
「たのしみだねえ。」
そういってかえっていきました。
つぼみたちは、
「ぼくをみてたんだよ!」
といおうとしました。
でも、ふたりがにこにこうれしそうだったので、いえないきもちになりました。
そのつぎのひも、おじいさんはちいさなおとこのこをつれてやってきました。
そして、
「たのしみじゃのう。」
「たのしみだねえ。」
といってにこにこかえっていきます。
つぼみたちは、ふたりのにこにこがわすれられません。
「たのしみ」ということばがわすれられません。
まいにちまいにちにこにこしながらみてくれるふたりのことが、とてもきになります。
だんだん、けんかしていることがはずかしくなってきました。
おじいさんとちいさなおとこのこはまいにちやってきます。
そのたびふたりは、
「たのしみじゃのう。」
「たのしみだねえ。」
とにこにこしていいます。
あるひ、つぼみたちはきがつきました。
おじいさんとちいさなおとこのこは、
「このつぼみがおおきい。」
とか、
「このつぼみのはながみたい。」
とか、ひとこともいわないということを。
ただただにこにこして、
「たのしみ」
といってかえっていきます。
おひさまがぽかぽかあたたかいひかりをそそぐなか、つぼみたちは、はなをさかせました。
どのはなもきれいです。
どのはなもやさしいかおりがします。
みんな、
「じぶんだけがきれい。」
なんておもっていません。
おじいさんとちいさいおとこのこのにこにこがみたいだけです。
おひさまはぽかぽか。かぜもそよそよ。
さくらのはなは、みんなやさしいかおをしています。
おじいさんとちいさなおとこのこがやってきました。
どのはなも、はなびらをおおきくひろげました。
「ほーう、きれいじゃのう。」
「きれいだねえ。」
おじいさんとちいさなおとこのこはにこにこにこにこみています。
ふたりはさくらのまわりをいったりきたり。
にこにこにこにこ。
はなたちは、とてもうれしくなりました。
おひさまはぽかぽか。かぜもそよそよ。
ふたりといっしょに、さくらもにこにこわらっています。