
Highgate Cemetary
バレエ友達が、「ハイゲート墓地がロンドンではいちばん好き」と言ってたのと(←日本人的には若干ふしぎなセリフ・・)、哲学者/経済学者 カール・マルクスのお墓があるとゴンタくんが行きたがっていたのもあって、散歩にでかけてみました。
別世界、異次元だった。すごく素敵でした。


なんだか可愛らしい
墓地といっても、こわいかんじがないんですよ。イギリス人は墓地に散歩やデートにでかけたり、ベンチでまったりお弁当たべたりクリスプス(ポテチ)バリバリ食べてたり。笑 わたしもイギリスのお墓のラブリーな崩れ感は昔から好きでしたが、ここは想像をこえるレベルですごかった。
ちょっとしたカルチャーショック。
すっかり自然に溶けこんでいるお墓たち。ウィキペディアによると「そのほとんどが原生林で、灌木と野草が生い茂り、鳥やキツネなどが多く棲息している」なかで、墓石が木の根っこに押し上げられて斜めになってたり、隣の墓石と重なりあってたり、倒れかけてたり、蔦で完全に覆われて誰のお墓か(&そもそもお墓ということすら)わからなくなっても、そのまんま。ありのまま。(上の写真も、うしろにあるのはたぶん蔦に覆われた墓石)

ありのままでいることを尊重してるんだろうな。(4ポンドの入場料を払うような、著名人も多く眠る墓地なので、放置されているのではないのです)
すごくイギリスらしいなと思う。
飾らないんですよねー 昔イギリスにあこがれてイギリス映画をよく見てたんだけど、きれいなところしか見せないのではなくて、みたくないようなところ、居心地がわるくなるようなところも否定しないというか、「だって、人って、人生って、こうやん?」と、堂々と肯定してるように感じたことをおもいだしました。
死者の眠る場所なのだけど、なぜか生き生きしていて、すがすがしくて、気持ちいいエネルギーが循環してるようなかんじ。とても癒されました。

にこにこ笑っているような
「なんかここ、全体的に "生きてる" って感じがしない?」
というと
「うん。有機的なかんじがする」
と理系な答えがかえってきました。笑生まれてきて、あたえられた人生を生きて、自然に帰ったたくさんの人が眠る森。 死ぬってふつうこわいとおもうけど、ここにいると、ごくナチュラルなことのように感じたりして。

義理の叔母を事故でなくしたときに、人って、さいごは自然に帰る、自然そのものになるんだっておもったこと(死と向き合うこと)を思い出しました。
いくつもいくつも続くお墓と、気持ちいい緑にかこまれ歩くうちに、あわただしい日常や現実とはちがう次元の、すこし広い point of view に触れたような気がします。
もうひとつ感じたことがあるので、続きに書きます。
→ <後記>あの日の体験とメッセージ
~
うまくいかないときもある
これを書いた数時間後、日本から友達が遊びにきてくれました。そして「もったいない」とまわりが言うような仕事をやめて自分の信じる方へ歩みはじめたという報告をしてくれました。このままだとカラダを壊していつか後悔する、と思ったそうです。
「ついさっき、 ”進むのにも手放すのにも、勇気がいるってことなんでしょうね” なんてしめくくって記事をアップしたところ~@@ まさにその話やん!」とびっくり。
彼女とはひとまわり以上はなれているんだけど、しかも二回しか会ったことないんだけど、ご縁を感じるんですよね。はじめてお話したのは、彼女が大学生のころ、お散歩フォト後の赤坂のかわいいパティスリーでした。すてきなお母様もいっしょに遊びにきてくれました。母娘ふたり旅。このあとパリに行くそうです。ふふふ
(知人の名言を紹介した記事 で、変化したいけど、変化していいのか(逃げなのか、甘えなのか)と悩んでいた彼女に、「ここっていうときには、雑もアリやねん。」と書いていた。忘れてたけど・・思い出させてくれてありがとう!)

まるでファンタジーの世界 こんなところで眠れるっていいなあ。