家事。
単調な繰りかえし、地味なしごと、というイメージで見てしまいます。
食事をつくって片付けて、洗濯をして干して、郵便物をしわけて、散らかった部屋を片付けて、掃除機をかけて、買い物に行って片付けて、洗濯ものを取り込んで、たたんで、ちょっと一息。 あ、ティッシュボックスが、空。
はあ~ そんなこんなで、たいしたこともできないまま、一日が終わる。
なんて日、ちょっと置いてけぼりにされたような気がしたり。
そんな、「単調でつまらない」とか、「やるしか仕方ないから」、という見方を変えてくれる本に出会いました。
暮らしのさじ加減 -ていねいでゆっくりな自分にちょうどいい生活
基礎練習を積んで心肺能力が上がるみたいに、「日常」を味方につけると人生そのものがパワーアップする。
同じ作業は、心を安定させ、単調さは生活のリズムになる。
自分を作ってくれるのは、普段の一日一日なのだ。
~ 「暮らしのさじ加減」金子由紀子著 より ~
(単なる惰性や生活のクセではなく) 「はっきりとした目的意識と、繰り返すことに対する愛着があえば、「習慣」は暮らしを磨き、自分自身を作りあげてくれる」とも。
ビジネス書でよく「習慣が自分を変える」とか言ってるけど、家事を担う女性にも同じことが言えるんだな~
"日々の暮らしが、自分自身を作っている"という意識。 家事って、やらなくちゃいけないから仕方なくやってるようなところがありましたが、「自分のため」という発想がいい!
単調なリズムの心地よさ、繰り返すことへの愛着、という視点も、なかったなあ。でもそんなストイックさに宿る美も、好きです。
地味で単調な家事、それをこなす身のこなしが、たおやかで美しい女性って素敵だな、なんて思いました。(そんなひとをイメージしながら、拭き掃除とかしたら楽しそう 笑)
もうひとつ、はっとした言葉があるので、そちらも紹介したいとおもいます。
見方をかえれば、同じこと、同じものでも、ぜんぜん違ってみえるんですね。 写真も一緒だとおもう。
(フォト : アンテロープの窓 のカバー写真を撮り歩いた京都にて。テーブルに映り込む窓の先にすいこまれるような気がして撮った一枚)
