死にたい人ほど生きるのだ

死にたい人ほど生きるのだ

卵巣嚢腫持ち(手術予定)のFC東京サポーター学生ママが綴るあやふやな日々

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日々いろいろと考える。

仕事のこと、家族のこと、そこからの未来のこと。
最近は特に嫌なことが多く、仕事では人間関係で悩み、プライベートではアホみたいな嘘ばかり吐かれ、結果全てにおいて疑心暗鬼に陥る。

よく見る、鬱病チェック。あんなもの、その時の気分でいくらでも鬱病になれるのだが、
いい加減「私は鬱病なのか?」と感じることがある。

それならそれで、私の敬愛する人と同じ病気だし、まぁいいか。とも思う。
いろんなことを考える機会にもなる。




結果、いつも最後に「死にたいなぁ」と思う。
ただこの発言、どうせ死ねないことを理解して言っているのだから、ただの逃げだ。
死ぬのはものすごい勇気だろう。その勇気を出せるくらいなら私にも分けてほしいほど。




とある漫画のセリフであった
「本当のコトを知るより、この場所を失う方が 辛い。」



このセリフに、いつもドーン、と暗い闇に落ちる。結局、むかつく、いやだ、辛い、と感じるその場所に、いつしか安心感を覚えてしまっている。



これでいいのか?このまま、私はどんどん自分の望まぬ未来を望むものと捉えて生きていくのか?

それとも、それが普通なのか?


あなたは不幸を愛しすぎている
友人に言われた言葉だ。嫌味で言われたのもわかっている。
でもそれも間違えていないのかもしれない。



電車に乗らなくなってから、10年近く感じ続けていた、飛び込みたい衝動もなくなった。(実際しようともしない)

車に乗らなくなってから、海に飛び込みたい衝動もなくなった。(まず海ない)



食事すら喉に通らなくなるようなこともなくなった。
いや、これに関しては多少通らなくなれよ、とは思うのですが。

余裕のあるうちに色々悩むのも、また成長のひとつなのだろう。








ただ、神がいるなら教えてほしい。

私、そんなに悪いコトした?