この前、7歳息子と2人で、棒ノ折山という山に行きました。
山が大好き息子ですが、ちょっときつい山だったようで、下山する前、ゴールまでまだまだ距離もありそうなところで、日没を迎えてしまい、、、
慌てて、救急要請しました。
山を甘く見ていたことで、こんなことになり。
本当情けなくて。。
それでも出動してくれた、消防隊、救急隊、山岳救助隊の方に、感謝しかありません。
あんな人里離れたところにも、ちゃんときてくれる。
次からは、無理のない計画を立てること。
登山計画書を提出すること。
ヘッドライト、バッテリーを持つこと。
登山保険に入ること。
などなど、お叱りを受けました。
(事前に調べて知っていたことですが、低山だから端折って良いだろうと思ってました。本当、反省です。)
同時に息子には、
「しっかり歩いて偉かったね。」
「これに懲りずに、また登ってね」
と、たくさん声を掛けてもらえました。
私が、山を甘く見ていたのが悪いのに。
こんなにも、完璧にフォローしてもらえて。
本当、この経験はお金では買えないな、って、すごく思いました。
豊かさって、お金だけじゃない。
自分のことでどれだけサポートされて、フォローされているか。
そういうことだなぁと、思いました。
救助要請するか迷った時。
もう、辺りが真っ暗で。
YAMAPアプリは起動して、登山道から外れてないことは確認してましたが、ヘッドライトもバッテリーも準備してなくて。
どうしよう、どうしよう。
このまま、道に迷ったり怪我したり滑落したり、熊に襲われたりしたらどうしよう。
寒いから、低体温症にもなってしまうだろうし。
このまま、息子と一緒に凍え死んだら。。。
とか、色々考えて怖かったです。
今までの日常に戻れるのか、チラチラと頭をよぎりました。
家族で過ごす時間。
保育園の先生との何気ないけど楽しい会話。
嫌な患者さん。
忙しい職場。
それまで普通に当たり前にあった場から、私はもう居なくなるのかな、と思った。
その時ふと、藤本さきこさんの「全て喜び」が浮かびました。
全て喜びって、こういうことか。
怒りも悲しみも楽しみも、生きてるからこそ、だ。
なんとかして、助かりたいな。
そしてまた、いろんな感情を感じる世界に戻りたい。
土壇場になると、結局はそう思ってるのか。
もう、降参だな。
山は自分と向き合う場所、と良く言われているようですが、登山初心者の私にとっても、山は、これからそういう場所になりそうです。
「全て喜び」の意味が、ようやくようやく、腑に落ちました。
いつもの日常に戻ってまた、色んな感情を感じることが出来ています。
そのたび、「あぁ全て喜びだな」って、一歩引いて見れています。
命があることに感謝。
安全な場所で暮らせていることに感謝。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
棒ノ嶺、ともいうそうです。
晴天で、空がめっちゃきれいでした!





