おじいちゃん | セガーレ・コタ&ボン日記

おじいちゃん

24日に私の祖父が亡くなりました。91歳でした。


供養のため、気持ちに区切りをつけるため、

今回はおじいちゃんについて書きます。


おじいちゃんは、3年くらい前に倒れてからずっと病院にいました。

たまに訪ねるたび、身体の動かない箇所が増えていたし、

高齢やから覚悟はしていたんです。


でもでも、実際に『亡くなった』という知らせを聞いた時は


やっぱりショックでした。


『大好きなじいちゃんが、ホントに死んじゃった…』
って、久しぶりに声をあげて泣きました。

で、この時気付きました

「あ、私…じいちゃんのこと『大好き』やったんや」って。



祖父は

ずっとお役所勤め

口数は少なく、大声をあげて怒ったり、笑ったりしない。

お世辞をいうこともないけど、悪口をいうてるのも聞いたことがありません。

無口で真面目

でも『カタブツ』というのとはちょっと違う。


好奇心旺盛でミーハーな一面もあり、

孫と連れ立ってプロレスを観戦したり、

解らないカタカナ語が出てきたらすぐ調べたり

近所の喫茶店に出かけては、常連のベテラン主婦たちの会話に耳を傾ける


そういう俗っぽい人でした。

だから、大好きやったんかな?


病院に入院中は、

脳の感情を押さえる機能がマヒしてしまっていて

コタを連れてお見舞いにいくと
喜んで、嬉し涙を流して「コター!」って叫んでました。

コタはそれが怖くて、病室に入りたがらずチラっと顔を見せる程度でした。



訃報を受け、夫とコタは葬儀に間に合うように日程を調整し、

私は通夜に参列するため、ボンを連れ一足先に実家に向かうことにしました。


駅まで見送ってくれたコタに

「じいちゃんに言うとくことない?」と聞いたら


「うん。ある…。あんまり会いに行けなくてゴメン。って、じいちゃんによろしくいうといて。」

って。

4歳ながら

お見舞いに行くのをためらっていたことを反省し

もう最後のお別れだということを理解してくれてました。


荼毘にふされる前、おじいちゃんにはコタの言葉をちゃんと伝えました。


葬儀など全てを終え、大阪までの帰り道、ずっと車の窓からはきれいな丸い月が見えてました。


きっと、おじいちゃんが見守ってくれたんだと思います。


じいちゃんありがとう…。

おわり。