新年、何もおめでたくないので明けましておめでとうなんて絶対に言わない。



2025年の夏にわたしは最愛の飼いうさぎを失った。極めてかわいい子だった。姉バカかもしれないが本当に世界一かわいい。クールで人に媚びないところも良い。落ち込んでいるとさりげなく近づいてきて隣に座ってくれるあたたかさも、好きだった。


そういう訳でわたしには到底 次 なんて考えられない。全く立ち直ることができていない。年始に父と会った時にも「次なんてそうすぐには考えられないと思うけど、」と言われた。その通りだと思う。


しかし今、家にはミニチュアダックスがいる。愛うさぎが亡くなって4ヶ月、ある日突然母が連れてきた。


相談はなかった。当然拒否権もなかったと思う。トライアルホームステイに連れてこられたその犬は最愛の子と同じ配色で、しかし性格は真逆だった。混乱・困惑した。confuse という英単語が頭に浮かんだ。

軽い抵抗はしたが、伝わっていなかったと思う。それに、この犬に罪はない。うちが引き取らなくて、他にもおうちが見つからなかった場合どうなるのだろうと考えると、どうも拒絶はできなかったのである。


お世話はしている。この犬も幸せになるために生まれてきたはずだ。でも、それでもうさぎ以上に構おうとは思えないし何をするにも思い出して比べてしまう。


自分に対しても、あのうさぎのいなくても続いていくこの世界に対してもうんざりしている。もう、嫌だ。


命を迎えるということはそんなに単純で簡単な問題ではない。