朝霧高原が真っ青に晴れ渡ったこの日
毛無山をトップアウトした私は、天子ヶ岳往復に挑戦。
恵まれたコンディションにも関わらず血眼になって上昇気流を探し回り、なんとか天子上空へ到達、憧れの空に舞ったのです。
しかし天子到達の感動も束の間、さあ帰ろうと翼を翻すと
目に飛び込んできたのは小さな毛無山、遥か8km彼方のその姿。
ああ、ああ、なんと遠いのか。
そしてその小さな姿へと連なる、長者ヶ岳、鉄塔、西富士、金山。。。その遠い道のりに愕然としたのです。
初めて高高度飛行を許されてから今日まで3年8ヶ月、私には固く守っていたルールがありました。
「ぶっ飛びで帰れないところへは行かない」
「ぶっ飛び」とは一切上昇できず、高度を落とすに任せて着陸してしまうこと。
しかしあの小さな毛無山のさらにその北東にあるであろうランディングまで「ぶっ飛び」で帰ることなど到底無理でした。
ましてや我が愛機Ascent3は乱気流にはすこぶる強い反面、滑空比(遠くまで飛び続ける性能)イマイチの初級機ですからなおさらです。
夢中で遊んでいた子供が、ふと我に返り、暗くなりかけた見知らぬ街にいることに気づく、あの心細い気持ちに、思わず頭が真っ白になりかけます。
落ち着け、落ち着け。
そう言い聞かせて自分の置かれた状況を考えました。
まず、手元のスマホに表示された対地速度を確認、その数字に、少し気持ちが落ち着くのを感じました。
何と対地速度は30kmを超え、やがて40kmを超え、なおも加速していました。
往路、次第に強くなりつつあり、私と愛機を押し戻していた向かい風が、追い風になって背中を押してくれていたのです。
往路の2倍の速度、その効果はてきめんで、程なく長者ヶ岳が近づいてきました。
そしてふと見上げれば、長者ヶ岳上空にぽっかりと浮かぶ雲「積雲」が見え、私は元気が湧いてくるのを感じました。
上昇気流自体は目に見えません。
しかし、強い上昇気流は昇るにつれて上空の冷気に冷やされ、やがて水蒸気の粒が発生、雲になります。これが積雲です。
そう、往路では目に見えなかった上昇気流が、その後の気象条件の変化で今、目の前に、積雲となってその姿を現し始めたのです。
笑顔すら取り戻した私は一目散にその積雲に向かいます。やがて長者ヶ岳上空に到達、積雲が覆いかぶさってくると、バリオメーターの上昇音が鳴り響き始めました。
私はブレークコードを思いっきり引っ張り急旋回、360度旋回を繰り返しながら上昇気流を翼いっぱいに受け、溜め込みます。
1700mを切りそうになっていた高度は1800mを超え、1900mすら近づきました。
そして少し大きくなった毛無山が目の前に戻ってきたとき、さらに次の積雲が西富士あたりの空に見えました。その積雲に向かって、追い風に乗った愛機は時速40km前後の快速を維持して矢のように突き進みます。
やがて西富士上空、再び積雲が覆いかぶさって来ます。Gを感じて360度旋回に入ると、今度は少々乱暴な、荒れた上昇気流が愛機を激しく揺さぶり、バリオメーターが甲高く鳴り響きます。いつもは冷や汗が流れるその揺れも、音も、今は力強く、心地よく感じます。
感じながら思いました。
ああ、帰れる、と。
このとき、私と愛機の前に現れた、朝霧高原上空に点々と連なる積雲の道。
これこそ、先輩方から何度も聞かされていた「朝霧ハイウエイ」でした。
そして金山上空。私と愛機はついにさんじゅう地区へと戻ってきたのです。
私は右に旋回し、金山の尾根を東へ向かいながら、見慣れているはずの風景をじっくりと見つめます。
すっかり雄大さを取り戻した毛無山。
その前に広がる空には、点々と仲間たちのパラグライダーが浮かんでいました。
そして東の国道沿いには見慣れた緑の小山、ランディングが!
とうとう私と愛機は帰ってきたのです、懐かしい、仲間たちの空へ。
そのころ、ランディングではすっかり風が強くなり、ほとんどの仲間たちはすでに着陸していました。そこへひょっこり私が帰ってきたのです。
ランディング上空へ進入し、風上方向へ旋回して着陸態勢に入った私と愛機に、これまで背中を押してくれていた強風が正面から襲いかかります。なんと、愛機は前に進むことができず、ずるずるとあとずさりしていくではありませんか。
容赦なく近づく大地!
ズデン!
ランディングの草原に尻餅をついてひっくり返り、私の冒険は終わりました。
私のまずい着陸を見て駆けつけて下さった大先輩の温かいお叱り。
頭をかきながら天子初往復を報告した私に、仲間たちから送られた拍手。
何度も思い返しながらの帰り道、私は車を天子ヶ岳の麓へと走らせました。
昔々、京の都でお姫様が重い病に倒れました。
そこへ神様が夢枕に立ち、遠く富士の麓、一筋の煙が立つところに住む男のところへ行くように告げます。
病癒えたお姫様がお告げに従うと、富士の西に連なる山の麓に、煙をあげる炭焼き小屋があり、藤次郎という男が住んでいました。
藤次郎もまた、同じお告げを聞き、お姫様を待っていたのです。
やがて2人は夫婦となり、藤次郎は懸命に働き、財を成して長者と呼ばれ、幸せに暮らしました。
月日は流れ、歳を取ったお姫様は京の都が見える山の上に葬って欲しいと言い遺し亡くなります。お姫様が葬られた山にはいつしか美しいツツジが咲き乱れるようになりました。
長者となった藤次郎の家をその麓に抱いた山が長者ヶ岳、お姫様が葬られた美しいツツジ咲き乱れる山が天子ヶ岳なのだとか。
天子ヶ岳の上には、いつまでも、白い積雲がぽっかり浮かんでいました。
(おわり)