
原田真二さんのブログを書くために資料集めと考察に時間を取っている。
何かBGMを流しておこうと思ったが、やっぱりBGMだと「聞いちゃう」のでラジオをかけっぱなしにした。土日のラジオはコミュニティFMの【FMおとくに】にしてる。
このブログではおなじみ「アナウンススクールMNE」が提供するお昼の情報番組「サンデープラス」を作業しながら聞いていた。
今日のパーソナリティーは代表の丸山観月さん。
冒頭から秀樹秀樹である。この人、秀樹LOVEの人である。秀樹とは言わずもがな歌手「西城秀樹」の事だ。秀樹が好きならこの人のラジオを聞けばいい。必ず秀樹がかかる。しかも曜日によっては秀樹の専門番組まで担当してる。まさにFMおとくにだからこその『お得に秀樹』なのだ。
今回秀樹アーカイブスコーナーにて、オフコースをカバーした当時の事を紹介していた。僕はリアルタイムなのでよく知っている。
秀樹がオフコースの『眠れぬ夜』『愛を止めないで』をカバーした当時、世の中は歌謡曲枠とバンド・ニューミュージック枠がきつく、オフコースのファンやニューミュージックファンからブーイングがあったのだと言う。これは当時の僕は知らなかった。
僕の周りはむしろ肯定的で『オフコースは嫌いだが秀樹が歌うなら聞いてみたい』という風潮だった。結局シングル発売した『眠れぬ夜』は大ヒット。また、当時から囁かれていたのが歌謡曲の作家による楽曲が少なくなってきていた事実。時代や産業が歌謡曲を必要としなくなってきたのである。
そんな事を秀樹はわかっていたのだろう。前述した原田真二をはじめ、Char、世良公則&ツイスト、アリス、オフコース、The alfee、ハウンドドッグ、サザンオールスターズ、BOØWY、等が台頭。日本のポップミュージックが洋楽化してきた。
この『眠れぬ夜』のヒットによって後に訪れる日本の音楽シーンに絶大な変化を起こす偉大な布石になったのは言うまでもない。
商品にならないロック。
商品にならないニューミュージックが逆転するのだ。
カバーにいち早く取り組んでいた秀樹はライヴにて沢山の洋楽・沢山のJ-POP・J-ROCKを歌いまくりレコーディングを慣行する。そして歌謡曲もいよいよ生き残りをかけての産業プログラムが起きてくる。
よく言われる「80年代アイドル」だ。
ここでの歌謡曲はかつての歌謡曲じゃない。
歌謡曲を知り抜いているシンガーソングライターやロッカーが制作し楽曲提供する
「新歌謡曲」だ。
その「新歌謡曲」はあっという間に日本語による洋楽J-POPを確立し、歌謡曲が隅に追いやられてしまった。
歌手として生き残ったのが、新御三家と呼ばれたひろみ・五郎・秀樹。ベテランではジュリー、方向変換したアン・ルイス……、歌謡ロックをやってた人達がかろうじて残った。だが第一線で生き残り続けたのは西城秀樹と郷ひろみだと思っている。
秀樹の事は丸山観月さんに任せるとして。
秀樹・ひろみの共通点こそが「カバーソング」だったという事。これがあったからこそ「西城秀樹」息の長い歌手の仲間入りし、カバーソングを数多く歌った第一人者となる。またそれは日本のミュージャンだけにとどまらない。洋楽の本場アメリカ・イギリスの作品もカバーする。それらの活動により「カバーソング」はブランド化を果たすのだ。
そして凄いのは、80年代までに慣行したスタジアムライヴは後に続くJ-POPやロックミュージシャンのお手本となった事。
ステージングからビジネスモデルまで。
今のミュージシャンのライヴのお手本は秀樹だった。ジュリーだって還暦になるまでスタジアムライヴはやってない。とにかく早かった。
秀樹自身こんなふうに日本の音楽シーンが変化するなどと考えもしなかったと思うが、虫の知らせか第六感かわからない。
秀樹は時代を予見したとしか思えない。
ついにカバーソングは当たり前になってしまった。
かつて秀樹が「眠れぬ夜」を歌ってブーイングされた事など、「それってなんだ?」である。
時代の蓋をあけたら今やカバーだらけ。完全に洋楽化した。
それどころか二千年代に突入すると、徳永英明が『VOCALIST』というカバーソングをリリースする。シンガーソングライターがカバーを出す世の中になった。僕の好きな坂本冬美は演歌畑からカバーソングをリリースする。ともに売れた。
カバー楽曲は売れる。一時はオリジナルアルバムよりセールスが好調という事態にまで発展した。
昨今は逆転効果も起きている。
中森明菜がかつての歌謡曲をカバーしたアルバムが売れた。
そしてなんと今では皮肉にもシンガーソングライターやロッカーが歌謡曲のカバーをするのである。秀樹の歌がカバーされるのである。
カバーが売れる。
これを証明したのが西城秀樹だったことを忘れてはいけない。
ましてビジネス側から見るなら、カバーされるとオリジナルを書いた作者に二次印税が入る仕組みだ。だから歌ってくれれば歌ってくれるだけオリジナル作者にお金が入る。それだけではない、音楽産業全体にお金が回るのだ。
これを証明したのが西城秀樹だったことを忘れてはいけない。 この人が最初にやった。
様々な呼ばれ方をした音楽ジャンルが
J-POPとして一つに括られ、ボーダーレスにしたのも西城秀樹だ。
秀樹が『眠れぬ夜』で成功したからだ。
『ヤングマン』で成功したからだ。
私達は音楽ファンとして、彼の偉大な功績を忘れてはいけないんじゃないかな?






