【少し直接的な表現があります】
【原作の雰囲気を大切にされる
方にはお勧めできません】
「きゃぁっ!ま、待って…!」
チェ・ヨンの力強い手に半ば抱え上げられながら、自分の部屋へと引き摺り込まれた。
いつもだったら、私が転んだりしない程度の足の運びを意識してくれるのに、今は驚くほどに乱暴な扱いをされている。
大きな音を立てて扉は閉められ、足元にはがしゃりと鬼剣が放り投げられた。
「…痛っ!」
勢いのままに、突き当たりの壁に押し付けられた肩が痛む。
チェ・ヨンはまるで逃がさないとでも言うように、私を囲う形で後ろの壁に両手を突いた。
目の前の愛しい男が発する、ぴりぴりとした空気に当てられて、目眩すらしそうだ。
怒っているような表情のまま睨み付けてくるこの人を、固唾を呑んで見上げれば。
目が合った瞬間に、こめかみの辺りにうっすらと浮き上がった静脈が、ひくりと動いた。
眉間を引き絞った男らしい眉には、苛立ちのようなものが纏わり付き、その下の細められた呂色の瞳には、この人自身が発する青白い雷が宿ったかのように、強い光が輝いている。
もし初めて出会った時に、こんな表情を向けられていたならば、間違いなく恐怖で震え上がったに違いない。
「貴女は男というものを…いや、俺という男を知らな過ぎる」
低く唸るような声で、苦情らしきものを訴えられるけれど、身に覚えがなさ過ぎて、返す言葉すら見つからない。
けれど疑問はすぐに解消された。
「男の名は閨室内でしか口にせぬと仰った貴女が、あのような余人ひしめく場所の真っ只中で、俺の名を呼ぶなど。一体何のおつもりか」
それは確か、マンボさんの店でクッパを食べていた時のやり取りだった。
言われて初めて思い出す程度の、その場をやり過ごす為の他愛無いセリフ。
それを持ち出された事で、ようやくこの人が怒っているのでは無く、自分の中にある私への想いを持て余しているのだと気が付いた。
抱いて欲しいとねだった閨室内で。
『愛してる。チェ・ヨン…ヨンア、愛してる』
私が募る想いに耐え切れず、それを言葉にして伝えた時、初めてこの人は激情に駆られたように、ずっと抑えていた自分の欲望を追い求め、解き放ってくれた。
あの時と全く同じ様子を見せるこの人に、当時の快感を思い出し、作り変えられてしまったかのような身体は、熱を持って疼き始める。
そして遂に焦れたようなチェ・ヨンは、私の唇に喰らい付いた。
余裕の無い口付けは、何度も何度も果てしなく繰り返され、次第に私の頭の中は霞みがかったように朦朧としてくる。
身体中が熱くて、息が苦しくて、二人分の潤みを飲み込んだ喉から籠ったような声が漏れる。
鍛えられた逞しい胸板は、精一杯拳で叩いてみても、びくともしない。
逆に手首を壁に押さえ付けられ、口付けの激しさは増す一方だ。
酸素を求めて唇を逸らそうとするけれど、口腔内いっぱいに潜り込んでいる、私のものより分厚く熱い舌が逃げる事を許してくれない。
(落ちる…助けて…チェ・ヨン…)
意識が遠のきそうになった瞬間、急に全ての感覚から解放され、喉から細く高い声が漏れた。
崩れ落ちそうな身体を支えてくれる逞しい腕は、相変わらず熱を持ったように熱かったけれど、手付きにはいつものような柔らかさが戻っている。
「リュ・シフ侍医が戻って来たようです」
耳の聡いこの人は、人の気配を察した事で冷静さを取り戻したようだった。
熱りの静まり切らない、じれったいような目付きで私を見ながら、親指を使って私の唇を拭ってくれる。
「明日の朝迎えに来ると。本来ならそう告げるつもりでした」
眉を下げて困ったように微笑む顔が、私の胸をきゅうと握り込んだ。
「予定を変えましょう。一時(とき)したら迎えに来ます。何泊かの準備をして待っていて下さい」
典医寺まで見送られた事で、一緒に居られるのは明日からなのだろうと思っていた私は、頷きながらもきっと驚いた顔をしているに違いない。
チェ・ヨンはますます困りぬいた表情で、私の頬を両掌で包み込むと、額から順に目尻、鼻の頭に柔らかな唇を押し当てていく。
そして最後に名残惜しい様子で、何度か小さな音を立てながら、唇に口付けを落とした。
「こんな気持ちのまま、貴女と離れて一晩を過ごせる訳がない」
そう言って私から手を離し、足早に部屋を去って行くチェ・ヨンの背中を見送り、私はその時やっと、破裂しそうな程に打ち鳴らされる心臓の音に気が付いた。